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マッチ売りの娼年 18

 昨日とは逆の位置に座った朧にヒデアキは首を傾げたけれど、その拍子に吹き抜けた風に答えを知る。  今日は少し風のある日で、パーカーしか肌につけていないヒデアキには肌寒い一日だった。朧が風上に座ってくれたおかげで、風が遮られてできたふわりとしたぬくもりにほっと胸を撫で下ろす。  それと同時に些細な気遣いに気づけた自分が面はゆくて、肩を竦めるようにしてマッチを数える。 「どうぞ」 「ありがとう」  手渡す際に軽く触れた指先は温かくて、隣にいてくれるだけで感じるぬくもりそのままだった。  朧は木立の方に行こうとも何も言わないまま、その場でマッチを擦って火をつける。  淡い火のぬくもりが肌に届いた瞬間、ヒデアキははっと体を離した。  その行動は不自然で…… 「ヒデアキくん? 何かあった?」  綺麗な指先が持つマッチが動かされることに、ヒデアキは反射的に声を上げる。 「何もございません!」  夜の公園ともあって、それまでは少し声を潜めるようにして話していただけにその叫び声は何かあったのだと暗に告げていた。  一瞬、火が揺れて迷うような素振りを見せる。  このまま何事もなかったように話をするか、それともマッチを近づけたことに怯えた原因を追及するか、そんな迷いだった。 「それよりもこれを、お返しします」  丁寧に畳まれたジャケットが差し出され、朧は迷いを考える前にそれを受け取らなくてはならなかった。 「持っててくれたんだ、ありがとう」 「良い仕立てのものですか    っ」  さっと腕を取られてヒデアキの言葉が途切れる。  ぐいと腕を引かれて、いきなり乱暴なことをするような人とは思わなかったのに……とヒデアキは驚いて息を詰めた。  拍子にマッチが地面に落ちて……辺りは真っ暗だ。 「朧さま?」 「これは? 何があったの?」  取られたては右手で、けれどヒデアキはそこに何かあっただろうかと戸惑うような気配を零した。 「…………じっとしてて」  αの少しいらつきを含んだ声はそれだけで恐ろしくて、ヒデアキは肌に感じるびりびりとした空気に委縮してできる限り体に力を込める。  朧はいつもの慣れた様子でマッチを擦り、それをヒデアキの手に近づけた。  決して火傷をさせるような距離ではないのに、小さな火がチリチリと肌を焼くように感じてわずかな呻き声を漏らす。 「この怪我は? どうしたの?」 「怪我……は、していません」  そうだ とヒデアキは思い出す。  そこは石山からの殴打を庇うために翳した部分で、内出血になっていた場所かもしれない と。

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