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マッチ売りの娼年 20

 自分のしていることが酷く恥ずかしいことで、しかもそれでは生きていけないほどの金しか稼ぐことができないと知られてしまったことが恥ずかしくて堪らなくて…… 「糊口を凌ぐためにはここを離れるわけにはいかないのです。ですからマッチを……」  擦ってくれと懇願する言葉は朧の力ずくの好意に途絶える。  ふっと空を蹴った足の感触に悲鳴のような声を上げると、それは静かな公園に響き渡った。 「 ────っ! な、何を   っ」 「そんな状態の人間を見て、快楽を優先させるような男だと思うのか?」  肌で感じるビリッとした感覚に、怒りを感じてヒデアキは呻く。  幾ら番以外のαフェロモンの影響を受けないとは言え、空気に含まれる刺激は感じる。  痛みにもとれるそれは怒気だ と、血の気の引く思いで「下ろしてください」と言葉を発した。 「それに服を汚してしまいます」 「別に構わない」  間髪入れずに返された答えには躊躇は一切なく、朧がそれに対して何の執着を見せていないことを物語る。  昨日のジャケットのことを考えるならば今日着ているものもそれに準じるような価値を持っているに違いない と、ヒデアキはぞっとして更に腕の中から逃げようと身を捩った。  手に血がついていると言っていた。  鼻血はもう止まっていたか?  他に出血していたところは……  ……いや、何よりも今の自分は石山に………… 「は、放してっ!」  今までにない大きな抵抗に異常を感じた朧は、そのままひきつけを起こしそうなほど取り乱すヒデアキを仕方なく下ろした。  よたりよたりと真っ直ぐに歩けないような状態なのにベンチの方まで行くと、ヒデアキはしがみつくようにそこに座り込んでしまう。 「ヒデアキくん、行こう。金銭のことは考えなくていい、私が勝手にしたことなんだから診察代は私が持つ。もちろん、君の稼ぎ分も渡すから   」  ひび割れたガラスの人形を触ろうとでもするかのように、朧の指先は優しい。  瞼が腫れてうまく開いていない左目の上を通り、色の変わった頬を伝って噛み傷だらけの喉を通って、打撲痕ばかりの体を労わるようにそうっと触れるか触れないかの距離で撫で上げていく。  体中を撫でられていると言うのに嫌悪感の一つも湧かないことに気づいたヒデアキは、朧が下心を持たずに自分に触れていることに気づいた。  首を噛まれたΩは、番以外のαに性的に見られたら嫌悪感を抱くはずだから…… 「骨に異常はないかな?」  一心にヒデアキの体調を気にする朧は、ヒデアキにそんな欲求をかけらも抱いていなかった。

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