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マッチ売りの娼年 25
濃厚な卵とそれに負けない牛乳の風味と、二つに浸されているのに豊かな味を表現しているパンと……
「んっ」
はっとするほど甘いそれは久しく口にしていない贅沢な味わいだった。
ヒデアキは傷のある唇が痛むのも構わずに咀嚼するとほどけるように消えて、その儚さが恋しさを呼んでつい視線でお代わりをねだるように皿を見てしまう。
「美味しそうに食べてもらえてよかった」
朧の言葉にそれが無作法だと気づいて慌てるけれど、そんなことは何も気にしていないとばかりにもう一口分を差し出される。
「あ 」
「食べたいだけ食べたらいいよ」
ちょん と唇にフレンチトーストが触れただけでごくりと喉が鳴った。
すでにその味を知っているだけに、食べていいと差し出されたそれが魅力的で、ヒデアキは困惑しながら口を開ける。
優しく差し込まれる甘い味にもっと欲しいと言う欲が溢れるけれど、ヒデアキは二口目を口に含むとよろけるようにして身を引く。
「どうした?」
「……十分です」
皿の上には芸術的に焦げ目のついたフレンチトーストが乗っていて、周りをきらきらとした宝石のような果物で飾られている。
それはこの数か月でヒデアキが目にしたどの食事よりも豪華だった。
飢えた体に毒のように染みわたる美味しさに後ろ髪を引かれる思いもしたが、ヒデアキは小さく笑って頭を下げた。
「朧さま、ありがとうございました。ごちそうさまです」
「……もうお腹いっぱい?」
「 はい そうです」
ヒデアキはそう返事をするも胃は空っぽに近いせいかくるりと腹が音を立てる。
はっとした様子で朧の目を見て、それから恥ずかしさに耐えられなかったために顔を伏せた。バスローブから覗く項から耳、わずかに見える頬を真っ赤にして「聞かなかったことにしてください」と蚊の鳴くような声で告げた。
「もっとお食べ。君が食べないとこれは無駄なものになってしまう」
「……」
「和食の方がよかったかな? 今用意してもらうから 」
「いえっ」
恥ずかしさに熱くなった耳を押さえて、それでもヒデアキは首を振る。
「どうして? 好きなものを好きなだけ食べていいんだよ?」
そろりと視線を上げて、ヒデアキはやはり首を振った。
「 分不相応です」
言葉にすると気持ちが落ち着いたのかヒデアキは顔をしっかりと上げ、背筋を伸ばして朧に顔を向ける。
そうすると男娼として搾取されるような生活を送っているはずなのに、凛とした雰囲気を持つ貴人のようにみせた。
「私には、このようにしていただく理由がございません」
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