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マッチ売りの娼年 27

 なのにどうしてだかヒデアキは追い詰められるような、被捕食者であるかのような感覚に陥ってしまう。 「ああ、怖がらせた?」 「……いえ」  朧は声を荒げなかったし、暴力を振るうこともなかった。  石山とまったく違うのにひれ伏したくなるような感覚に戸惑い、ヒデアキはもう朧を見ることができない。  優しく話しかけてもらって、手当に、食事、それから服まで用意してもらえて……素直に受け取るならばこれ以上ない程の待遇で、文句も何も言えないような対応なのに。  なのに、 「わ、私は帰らなくては……」 「あの公園に?」    頷こうとして踏みとどまる。 「それともあの男のところに?」 「  はい」  ぽつん と返して、けれど違和感に思わずヒデアキは頭を押さえた。  引っかかりがあるようでない、なのに気持ちの悪いすれ違いのような感覚だけが這いずるように脳みそを撫でて…… 「私は、……戻らないと」  自分の戻るべき場所 と言われてヒデアキにはあの汚い部屋の片隅、汚れた隣家の壁しか見えないあの場所しか思い浮かべることができなかった。  もっと他に、帰るべき場所があるはずなのに…… 「あのアパートに戻りたいの?」  問いかけられて、混乱したように首を振って答えた。  帰りたいはずがない、石山の暴力はあるし食事も入浴も満足にできない、許されたスペースは足を延ばすこともできないほど小さな範囲で、そこに小さくなって座って眠るしかない。  決して……いい場所ではないのに、ヒデアキは帰らなければ と焦燥感に駆られながら思う。 「君が今ここで席について食事をしてくれたら、もう帰る必要はないんだよ」 「……すみません。仰っている意味が分かりません」  朧の言うがままにすれば贅沢な空間、贅沢な食事、贅沢な時間を過ごせるとはっきりとわかっているのに。  ヒデアキは自分自身の葛藤に、「なぜ?」と問いを口に出した。 「……朧さま、私は番契約を破棄されたオメガです、この項を噛んだアルファに捨てられて、番を求めながらも身をひさいで生きるしかできなくなったオメガです。貴方様の満足いくような対価を私は払うことができないでしょう」 「対価?」  朧の言葉にヒデアキはバスローブのベルトをほどく。  さらりと肩からバスローブが滑り、何に引っ掛かることもなくすとんと床に落ちてしまう。  現れた体にヒデアキは顔をしかめ、朧は覗き込むようにわずかに首を傾げただけだ。    石山殴られてできた紫色の痣、それとは別の少し黄色くなって消えかけている痣、それから裂けた傷口に首を絞めたらしい痕、それから歯形がつくソレは、かつてヒデアキがいた世界では許されないほど傷ついた体だった。

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