33 / 196

マッチ売りの娼年 33

「いやだ! やめてっ!  ……っ」  口だけの抵抗がどれほど儚いのか身をもって知っている少年は、腕をとられてしまうと悔し気に唇を引き結んでほとほとと涙を流す。 「若先生、少しいいですか?」  二人の間につぃっと手を出すことで朧はそのやり取りを止めると、読めない表情のままの朧と名乗った男が少年を覗き込んだ。  すっきりとした目鼻立ち、好感の持てるαらしい整った顔が迫り、少年ははっとしたようにその瞳を見つめ返す。 「質問に答えたら、注射は待ってもらうから」 「質問……? まっ……注射は……一体何を打とうとしているんです⁉」  少年は石山が質の悪そうな笑いを漏らしながら、今の若先生と呼ばれた男が持っているような注射器をいじっていたのを見たことがあった。  石山は少年が見ていると気づいた瞬間にさっと隠してしまったけれど…… 「それ、は  」  この身なりのいいαらしい人間と石山が同じような人種だとは到底思えなかったけれど、持っているそれは同じものだ。 「それよりも、私の質問に答えてくれ」  今までの穏やかな口調とは違い、どこか詰問するかのような物言いは朧らしくなかった。 「君は、どこから、来た」  言い聞かせるように区切って発した言葉に、少年は以前のように石山の……と言おうとして喉が詰まる。  喘ぐように口をパクパクとさせて、困惑した表情のままで少年はうなだれた。  可能ならば膝を抱えてうずくまっていただろうに、手足を拘束するロープがそれを許さない。 「……私は、  」  少年の言葉はまるで妖怪が故郷の話をするかのように、様々な感情が込められていた。  憎く、けれど愛しく。  暗く、けれど眩しすぎる。  大切であり、けれど自分を迫害したそこは…… 「『盤』から来ました」  はっと息を飲んだ朧の明らかな表情の変化に、少年は合点がいったとばかりに小さく口角をあげた。 「あの場所をご存じならば、朧さまの身元に心当たりがございます」 「心……当たり……?」 「貸していただいたジャケットにお名前の刺繡がありましたので」  先ほどまでは少年が怯えていたのに、今度は朧が顔を青くする番だった。 「Korenobu.K、神田惟信さまでしたね。神田さまの……確か叔父にあたられる方、ですよね?」  決して感情を荒げることなく告げた少年に、朧は内心を吐露するかのようにぐしゃりと顔を歪めてみせる。  それは今にも泣きだしそうな とも思えたし、激情を堪えているかのようでもあった。  少年は自分で言っておきながら、相手の身元を推測してしまうと言う無作法が間違っていてくれれば……と胸の片隅で思う。  

ともだちにシェアしよう!