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マッチ売りの娼年 34

「そうか……」 「変な名前伝えても、結局ばれているじゃないか」  若先生はやはりははと軽やかな笑いを漏らしながら言い、惟信を押しのけた。 「さぁ退いて」 「……注射……」  しないんじゃ と言いかけて少年は口を閉じる。  待つとは言ったけれどしないとは一言も言われなかったことに、今更ながらに気が付いて顔を歪め…… 「待て」  極々細い針の先端の雫の光を覆い隠すように、惟信は少年へと身を乗り出す。  逃げ場のないベッドの上、身動きも制限された状態で覆いかぶさってくる大きな影に、少年は心がぽきりと折れてしまったような気がした。 「  ああ、私は連れ戻されるんですか?」 「いいや」 「  じゃあ、私はー……」  要らないものなんですね と呟いてベッドに倒れこんで四肢を投げ出した。  上流階級の人間のみが通える、Ωに子供を産ませる場所が『盤』だった。  そこでは上流階級のどんなαでも相手にできるように幼い頃から厳しく躾けられ、またその子供を産む体は傷一つないように育てあげられる。  そうやって大切に育てられたΩが億単位の金で上級αの子供を産むそこは、厳格に審査した相手のみが客となる。    名も知らない不特定多数に股を開くようなΩはそこには存在してはならない。  それに、世界に影響を与え得るα達の情報を持った少年が、そこから逃げ出したからと言って放っておいてもらえるわけではない。    そうなればどうなるかは、『盤』にいる間に聞こえてきた噂で知っていた。  天元ならば好きなαの子を、部屋持ちならば一人のαと、下の部屋と呼ばれる最下層の部屋ならば様々なα達の子を産む。  ────そして『盤』から出たΩは処分されるのだ と。 「うまく、逃げられていると思っていたのですが」  捕まりたくなくて髪を金に換えて、慣れない洋服を着て……目立たないように生活をしていたのに と苦笑する。 「そちらを打てば終わりますか?」    迎えに来ない番を探すために機会を見ながらやっと抜け出した先には、新しい番と子を得た神田がいて、少年自身に見向きもしないその様子はもう関係がないのだと言いたげなものだった。  少年の生きる意味は本来ならばそこで潰えてしまっていて、その場で命を放り出してもおかしくはない状況で……  けれど、石山に拾われて仕事をしろと言われて……  結局はどこに行っても同じことを繰り返すんだと精神をすり減らして……  それでも、透明と名乗る少年のために、対になるようにと名乗った人が現れたから……  楽しいと久しぶりに思えたことを思い出して、少年は小さく口の端に笑みを浮かべた。  

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