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マッチ売りの娼年 37

 空を見上げると荒れ狂ったとはまさにこのこととばかりの天気で、結局乗るべき飛行機は欠航となってしまった。  そのことを連絡した際の兄のせせら笑うかのような声。  さすがにこの天候までは兄のせいだとは言わなかったが、このタイミングでほぼ中身のないような出張のために海外に行かされたのはわざとだろう と、惟信は兄からの相変わらずな嫌がらせに溜息を吐いてもう一度、今にも悪魔が降臨しそうな空を見上げた。 「お前がいけないなら、友宏を向かわせる」 「……それでいいと思いますよ」  兄と言っても随分と年が離れていて、惟信が生まれる前に家庭を持っているような状態だったせいで、惟信は兄を『兄』として認識したことはなかった。  何かと絡んでくる面倒くさい親戚のおっさん 程度の相手で、会えば嫌味を言われて不愉快になる程度の相手だったから気にしたことはない。とは言え、惟信は兄が自身に向けて嫌悪感をむき出しにする理由がわかっていたし、またそれで騒ぎ立てる性格でもなかったために「しょうがない」程度にしか思わなかったのだ。  自分の妻が父と作った弟 と言う存在は、お互いに不幸だと言うことをよく理解していた。  兄嫁は友宏を産んだ後、義理の父と不倫をして惟信を産んだ。  結局、関係したことに対する二人の言い分は『運命だったからしかたがない』だったが、それでも兄達は素知らぬ顔で夫婦をしているし、父は末っ子として育てているのだから運命とはなんとも薄っぺらい言葉だと、惟信は常々思っていた。 「あーあ、せっかく親父が身を固めるように手はずを整えてくれたのにな? 嵐だなんてついてないな?」 「そうですね」 「これじゃあ友宏のほうがいいオメガを見つけてしまうな?」 「そうですね」  正直、恋愛対象はΩでなくてもいい惟信には、父の紹介で極上のΩが揃っている場所があると言われても興味はそそられなかった。  好きになったならば、Ω以外の性でもいいだろうし、尊重できるなら男相手だろうが女相手だろうがなんだっていい。  大事なのはお互いに尊重し合い、お互いを大事にして行ける相手だろう と、兄の嘲るような言葉を聞き流しつつ思う。  妻を父に奪われ、恐ろしくて父に反抗できない兄にとっては、サンドバックにできそうな相手は自分だけなんだろうと、忍耐を駆使して「そうですね」と繰り返す。 「帰ってきてから、友宏の相手を見て悔しがるなよ⁉」 「そうですね」  そう返すとさすがに同じ言葉ばかり返ってくることに気が付いたのか、電話の向こうの兄が不機嫌になった気配が伝わってきたために、惟信は慌てて適当なことを言って切った。

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