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落ち穂拾い的な 目覚めの朝に2

「くす り?」  ぼんやりと繰り返して、若先生と呼ばれた男がかざした注射の光を思い出してさっと血の気を引かす。 「あ ぁ  っ」  ざわっと体を駆け上がった悪寒に身を震わし、惟信の腕からもがいて逃げ出すと小さく体をすくませる。  その目は何かわずかなものでも身の盾になるものはないかと探して怯えるもので、惟信は追いかけるように伸ばしていた手をためらわせた。 「蛤貝、話を聞いてくれ」 「  っ薬、薬は効かなかったのでしょうか⁉」 「蛤貝?」 「これ以上、お手を煩わせることはありません! 神田様……友宏様の前にしゃしゃり出る気もございません! 自分でっ……自分の行く末は自分で決められます!」  体中にびっしりと冷や汗が噴き出る感覚に、蛤貝は震えながら叫ぶ。  αに嫁ぐこともできないまま、『盤』の外に出たΩがどうなるかは知っているのだと、全身に力を込めて小さくうずくまってすべてから耳を塞ぎたい気持ちで歯を食いしばる。  朧が……惟信がそのために自分を探して、そのための注射なのだと理解してはいても、蛤貝の中にあるわずかな燻りのような思いがそれに歯止めをかけた。  この人の手を煩わせたくない、と。  この人の手を汚させたくはない、と。 「ご心配なさらなくとも……」  自分の命は自分で絶てる。 「ですのでどうか、  少し一人にしていただければ終わります」  その優しい手はそのままでいて欲しい。  わずかな間の会話を通してでしか惟信のことは知らなかったけれど、それでも蛤貝はこちらに向けてくれた惟信の柔らかな視線や、優しい態度、労わるような言葉が嘘ではないと知っている。  本心から自分を心配し、本心から気を使ってくれたのだと……  その思い出は、そのままにしたかったから。 「一人で逝けま   「じゃあ、常に傍にいないとだね」  言葉をさえぎられて蛤貝はわけがわからずに思わず目を上げてしまった。  その先にあるのは柔らかで暖かな眼差しだ。 「君が馬鹿なことを考えないように、私が常に見張っていることにしよう」 「……こ、れ……のぶさま?」 「私の傍にいる限り、楽にはなれないよ?」 「いえ……でも、私がおりましたらご迷惑をおかけいたします。『盤』は……」  客が上級αばかりなために、その影響力は政治にも経済にも影響を及ぼすことができる。  それは惟信に迷惑をかけてしまうだろうことを疑う気にもならないほどだ。 「惟信さまに対してよい感情を向けないでしょう」 「『盤』とは話をつけてある」 「⁉」  汗のせいでひやりとしている蛤貝の体は細くくたびれていて自力で体を温めることができなさそうだった。  だから惟信はそっとその体を引き寄せて、自分の体温を分け与えるように抱きしめる。 「それは……」 「送り出しの道中は元気になってからするといい」  送り出しの道中 は、『盤』から着飾って皆に見送られて出ていくと言う習慣のことだった。  それは身請けされたΩが行うもので……   「ど  それは……」 「君は私が身請けした」  断薬症状のために搔きむしったせいで爪の割れた手を掬い取る。 「透明、どうか私の伴侶になってくれないだろうか?」  柔らかい唇をいたわるように爪に落とし、惟信は今までで一番柔らかく微笑んでみせた。 END.  

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