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落ち穂拾い的な 蛤貝の心配2

「本当に行くのか?」  後ろを振り返り、今にも色がなくなってしまいそうな顔色をしている透明に尋ねる。 「……はい。自分のものですから」  惟信の手を煩わせるのも申し訳なかったのもあったけれど、自分が暮らしていたあの場所をもう一度見て、きちんとそこから決別したいと思ったのもあった。  惟信は優しくて、透明が煩わしく思うようなことはすべて先回りして片づけてしまう、それもあっていまだに自分があの場所から抜け出せたと言う実感が薄く、夢を見ている気分になることがあったからだ。 「……」  見上げたアパートはくたびれて見える。  居住者の人間性が出ているように、共用部にまであふれたゴミや自転車や植木鉢などを眺めながらゆっくりと二階に上がった。  石山は行方不明になっている と惟信から話は聞いていた。  元々、麻薬がらみの商売も行っていたし、警察にも目をつけられていたから透明が戻ってこないことに不審を覚えてどこかに逃げたんじゃなかろうか……と、そんな推測を惟信は言っていた。  だから、今から行くのは主のいない部屋のはずなのに……  重苦しい空気を感じて足が動かなくなった。 「透明、急ぐ必要はない。あの部屋はそのままにしておくようにするから」 「……いえ、行けます」  そこにある石山の気配が薄れてから向かうこともできただろうし、それだけの時間を惟信が待ってくれるだろう信頼もあったけれど、透明は引けなかった。  ここで逃げたら、甘い甘い惟信の腕の中で愛玩物として生きていかなくてはならないだろうから……  けれど、透明はただ人形のように愛でられるだけの存在ではいたくなかった。  自分を探し当ててくれた惟信に、ふさわしいΩでありたいと思ったから……逃げたくなかった。 「  ……狭いでしょう?」  息を詰めるようにして開いた扉はあっさりとしていて、抵抗らしい抵抗もない。  中からは締め切られた部屋の臭いと、そこに生ゴミの腐臭、それ以外の臭さが混ざって思わず顔をしかめて鼻を押さえてしまうほどだった。  湧いた虫に顔をしかめながら左右に積み上げられたごみ袋を避けながら奥へ入り、少し開けたように見えるそこの端に目をやった。  ボロボロの布切れの上にクマのぬいぐるみが所在無げに座り込んでいる。 「いた!」  さっと駆け寄って抱き上げるとごわついた毛皮の感触がして、傷の入ったプラスチックの目がきょとんと透明を見上げて…… 「待っててくれた?   あっ」  思わず口を押えて慌てて振り返ると、惟信がにこにことした顔で透明とクマのやりとりを見守っている。 「あ、あ、あのっひと、独り言です! 聞かなかったことにしてください!」  

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