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落ち穂拾い的な 蛤貝の心配3

 さっと耳まで赤くなったのか、暑い感覚に襲われて胸元をぱたぱたとはたくと、透明ははっとなってクマのぬいぐるみの下に敷いてあったぼろ布を取り上げる。 「惟信さまに、申し訳ないことをしてしまいました」  そっと差し出されたぼろ布を見て、惟信は最初それが何かはわからなかった。  けれどそれの一部に入っている刺繍を目にした時、それがあの日に透明の肩にかけたジャケットなのだと知った。  もう、服としての形を成していないそれを透明は申し訳なさそうに、そして大事そうにクマのぬいぐるみと共に抱きしめている。 「気にすることじゃないよ」 「お預かりしたものを……そのまま返すべきでしたのに」  愛おしそうにぼろ布を撫でる透明に、惟信は困ったように微笑む。 「ちょうど新調しようとしていたところだったから   」 「……それでも……俺は…………」  透明は何か言いたげにうつむいてしまうから、惟信はとりあえずここから出ようと促した。  鼻の奥にあの部屋の臭いが残っているような気がして、惟信は僅かに車の窓を開けて外の空気が入るようにする。  車のスピードが上がるにつれて激しく入り込んでくる風だったけれど、それでもあの臭いを取り去ってはくれない。 「俺……以前、兄が大事にしているジャケットを処分しようとしたことがあって…………今、思うとなんてことをって思うんですけど、でも、兄がそのジャケットの持ち主のアルファに取られてしまうと思うと   」  『俺の』兄だったのに。  自分のものはずっと自分のものだと信じていたのに……  二人で『盤』と言う特殊な場所を抜け出すために、同じ人物に身請けさせるように裏で暗躍したことがあった。  結果、透明は二人とも身請けすると約束してくれた相手に裏切られて、番契約を交わすだけ交わして捨てられ、兄はもう一人のαに娶られていった。  結局……兄が出ていく際に遠目から見たのが最後で、それきりだ。  あれだけ、二人で過ごしていたと言うのに、連絡一つなかったところをみると兄はもう番となったαしか見えていないようで……それは自業自得なのだとわかってはいても、拠り所にしていた兄に顧みられない苦しさには顔をしかめるしかない。 「……そりゃ……こんな汚いオメガなんて、関係を持ちたくありませんよね」 「透明、馬鹿なことを言うな」  惟信がきつくたしなめるような声を出すが、透明には聞こえていないのかぼんやりと風に髪をなぶられるままにしている。 「体も癒えました。私のものも無事回収できました」  その物言いに、惟信はさっと顔を曇らせる。  まるで、ここでやることがすべて終わったとでも言いたげな口調だ。    

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