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落ち穂拾い的な 運命の香水
阿川と名乗った男が差し出したのはシンプルな形の瓶だった。
その形状から香水だろうと憶測はつくが、ラベルも何もないためにそれがどんな商品かはわからない。
「ご希望のものです」
惟信が窺うように見た相手は、一言で言ってしまうならば吹けば飛ぶような雰囲気の研究者で表現できてしまう。
ただその首から下げられている身分証明書を見る限り、吹いて飛ぶなんてことはないのだろうことは理解していた。
「こちらが、透明さまに合わせて作りました『odoro de destino』です」
「……」
「神田友宏さまにもご協力いただきましたので、これを使えばオメガが感じる不安感、孤独感、寂寥感、そう言ったものを緩和することができるようになります」
「……効くのか?」
「個人差はございますし、調整も必要になるかもしれませんが……まったく効かなかったと言う話は聞きません」
惟信はまるで熱いものにでも触れるようにそっと手を伸ばし……意を決した顔でそれを手に取った。
どこにでもあるようなシンプルな香水のガラス瓶、むしろそっけないと思えるほどだ。
「ご希望があれば、インテリアや趣味に合うように瓶の変更も可能です」
「そうか……」
少し開けて鼻を鳴らしてみたが、かすかに嫌な臭いがするくらいで惟信にはよくわからなかった。
「これで?」
「神田友宏さまのフェロモンの再現ですので、惟信さまには少々不愉快な香りに感じられたかもしれません」
「そうか……」
「友宏さまと惟信さまは甥と叔父とお聞きしておりますので、直接惟信さまに吹き付けられても大きく変質はしないものと思われます」
「普通はどう使うものなのか?」
「クッションや寝具に使われます、身を預けてくつろげるものに使われますね。そうすると周りに番のアルファがいると錯覚して精神面が落ち着きやすくなります」
惟信は手の中でちゃぽんと音を立てる瓶に目を落とす。
番に捨てられたΩは寂しさから心を病む。
病んだΩは……
番解消したΩの寿命が長くないと言われるのは、この寂寥感から逃げ出すことができないからだ。
「どうか、ご活用いただければ嬉しいです」
そう言うと阿川は軽く頭を下げて立ち上がった。
「ああ、試してみよう」
友人の瀬能が薦めるから、藁にもすがる思いで頼んではみたが……と惟信は透明な水に視線を落とす。
「……オメガは、私達が思っているよりも強くしなやかで生命力に溢れています。けれど彼らの心はアルファが考えるよりも脆く傷つきやすい。どうか、お相手様の心に寄り添ってください」
深く頭を下げた拍子に、その首元に小さな歯形が見えた。
それはこの男がΩであり番がいると言う証拠でもあったが、阿川は決して幸せそうには見えない。
ともすればどこか遠くに行きたいとでも言いだしそうな雰囲気さえある。
先ほどの言葉とその纏う気配に、惟信はぐっと唇を引き結んだ。
「……肝に銘じます」
気持ちを込めて告げた言葉に、阿川はほっとしたような笑いを残して帰っていった。
END.
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