72 / 389
雪虫4 20
これがセキ相手ならもうちょっと話そうかなって気分にもなるんだろうけど、さすがにうた相手に雪虫の発情期が終わって拗ねている なんて話はできなかった。
「そう言えば、セキはいつ帰ってくるんだ?」
大神とすったもんだしていたあの日の朝に見かけたのが最後だ、発情期が終わって出てきた時には研究所にその姿はなくて、瀬能からは用事で出ているって聞かされている。
とは言え、まぁ……大神に引っ付いてるんだろうけど……
「私は聞いてないわ、気になるの?」
「気になるって言うか……まぁ、そうだな」
友達が旅行? に出かけたって言うんだから、気にくらいするだろう。
「なんや二人とも、仲ええんか?」
コト コト と割り込むように伸びた手が二つのカップを置いた。
湯気の立つそれは甘いけれど少しスパイシーな香りがして、嫌いじゃない匂いだ。
「……何?」
「青春中の若人にスペシャルブレンドのチャイをサービスや」
そう言って綺麗にぱちんとウィンクをしてくるのはみなわ……じゃなくて若葉だ。
あれほど酷い怪我を負っていたと言うのにわずかな傷跡の赤みが見える以外はすっかり元気そうに見える。
そのことにほっと安堵していいのか悪いのか、実はそこのところの気持ちの整理もまだうまくついてなかったりするのだけれど、それでも海の藻屑にならなかったことだけはほっとしていた。
「あ、あのっ私にもですか⁉」
「もちろん! よかったら飲んで感想聞かせてぇや。食堂のカフェメニュー増やそやって言うててな?」
水仕事をするからか、少し荒れた指先がチャイを指さす。
若葉は……大神に尋問? された後、瀬能に研究協力するために研究所で暮らしている。
……いや、軟禁されている が正しい。
「じゃあ、遠慮なく……いただきます」
そう言ってうたは嬉しそうに手を伸ばすけれど、複雑な心境のオレはそれを素直に手に取ることはできなかった。
オレを息子だと思っている若葉の良心に付け込んで、オレを人質に若葉はオレ達に協力してくれている。
そんなやり方に一枚噛んでしまったことに対する罪悪感はなかなか拭えるものではなくて、例えそれが若葉の命を守るためなのだと言われても、素直に飲み込めるものではなかった。
「しずるはどうかな? スパイスが多いとか 」
「……メニュー考えるよりも、他のことがあるんじゃないのか?」
つん と言ってやると若葉は気まずそうに苦笑いを浮かべてもじもじとトレイを持つ手に力を入れる。
「あー……でも、働かざる者って言うやん? 自分でもできるって言うたらこれくらいで……」
ともだちにシェアしよう!