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雪虫4 21
テーブルの上のチャイをひっつかんで一気に飲み干し、叩きつけるようにして元に戻す。
どん と言う音は天井の高い食堂によく響いて、若葉を今以上に怯ませるには十分だった。
「そんな話してないだろ!」
「や……せやかて……」
居心地悪そうに体を揺する若葉に対して、これは八つ当たりだとわかってはいるのにつんけんした態度を止めることができない。
「ちょっと! しずる!」
咎めるうたの声に何も返せないまま食堂を飛び出したけれども、だからと言ってこの研究所は自由にどこでも行けるわけではないから、しぶしぶ中庭へと出て隅っこのベンチに座った。
軽い運動ができるようにと広めには取られているけれど、それでもそこは中庭と言う形状上どこか狭苦しくて閉塞感がある。
雪虫も若葉も、原則この研究所からは出ることはできなくて、外の空気が吸いたいと思ったらここに来るしかない。
どこまでもよそよそしい無機質さをぬぐえないここで、これからも生活していかなければならない窮屈さを……選ばせてしまったことが本当によかったのか。
「……オレ……どうしたらよかったんだろ……」
若葉には、パートナーがいた。
仙内を待ち続ける若葉がやっと見つけることのできた、一緒に歩んで行こうと思えた相手を……若葉は拒絶し続けている。
Ω性のその人はオレと違ってこの研究所にも入りやすくて、会いやすいと言うのに面会を拒否して頑なに会おうとしていないらしい。
元々、決死の覚悟でオレに会いに来た段階で別れるつもりだったからか……
そもそも自分のことでいっぱいいっぱいだと言うのに、自称オレの親の人のことまで考えなんて回るわけがない。
「はー……もう」
ざっざっと足元の土を蹴りつけて、建物のせいで切り取られたように見える狭い空を見上げた。
「少し熱は出てるけど、予想してたよりは随分と具合はよかったよ」
珍しくくたびれた様子の瀬能がそう言い、カルテを映していたモニターから視線を逸らした。
「そ か。よかったです」
「雪虫の体力がどこまでもつかなって不安はあったんだけど」
「あー……できる限り、休憩と睡眠とって、食事もとらせました」
オレの言葉をふんふんと頷きながらメモをして行く指先を見つめながら、他に何を聞かれるんだろうかと身構える。
「できるだけ体も清潔に保つように、風呂に連れて行ったり拭いたり……ベッドシーツも替えました。可能なら、次回はもう少しマメに替えてやりたいと思います」
「途中で調子悪そうにすることは?」
「なかったです、むしろいつもより元気と言うか……はしゃいでると言うか、テンションが高い感じでした」
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