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雪虫4 28
ドキドキしながらいつもの調子で怒鳴られるんだろうって覚悟をしていたのに……何もない。
どうしたことだと思ってちらりと顔を見上げてみれば……
「なっ泣くなよ!」
「なっ泣いてないわよ!」
勢いよくそう返されるけれど、うたの黒目勝ちな両目の縁には水の玉が膨らんでいて、今にも決壊してしまいそうだった。
それが何を原因として流されようとしているのかなんて、考える以前の問題だ。
「ごめんってば! 引っ張られてバランス崩しちゃったんだって」
「じゃ、じゃあ私が悪いってことね」
「えっ⁉ ええー⁉ や、……さっさと中に入らなかったオレが悪いんだから……その 」
「やっぱり、ここに連れてきた私が悪いってことよね」
「ち、ち、ちが……それは話を聞くって言ったオレが 」
「じゃあ、話すって言った私が悪い」
「あー! もー! いい加減にしろ!」
押し付け合いのような問答を叫んでやめさせた。
「オレの責任! オレが弁償する! これで決定だ!」
どん! と言い切ったオレに、うたはそれ以上言い募ることができなかったのかしぶしぶと言った様子でこくりと頷く。
その様子は雪虫とそっくりだったので、あの動作はうたから来たものなのかもしれない……と心の隅で思った。
「上に乗っかって、悪かったな」
「……ホントだよ」
体をかばいながらむぅっと言う顔は真っ赤だけれど、正直、雪虫と大差ない体のでこぼこに触れたところで食指は動くなんてことはない。
いや、雪虫なら豊満だろうがガリガリだろうが関係なく盛れるんだけれど、雪虫以外の人間の肉付きに興味のないオレにとってはまな板が叫んでいる程度にしか思えなかった。
「それで、聞きたかったことだけど……」
「あ、座んなさいよ、お茶くらい入れるから」
そう言って指さした先はベッドで……
部屋の造りは雪虫の部屋と大差ない。
狭いと思えてしまう広さだけれども一人で暮らすならなんとか……と思える部屋の大きさで、雪虫の部屋と同じだとするならば手前左に簡易キッチンと、その向かいにシャワーのついた小さな風呂とトイレがあるはず。
そして……雪虫の部屋はオレが持ち込む外の世界のものであふれかえって色彩が豊かだ。
けれどここは……白い壁にカレンダーやシール、ポスターが貼られることもなく、味気ないデスクの上には何も置かれてないまま……寝具が好みのシーツで包まれている なんてこともなくて、支給されている病院でも使うかのようなそっけない白いものが使われていた。
わずかにゴミ箱にゴミが入っているのが、生活感と言うような部屋だった。
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