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雪虫4 30

 うたは腹を押さえるようにして上体を倒した。   「それから、……オメガの卵子」 「  ────っ」  ひきつれるような呼吸の合間に、うたの泣き声を聞いた気がして掌にぐっしょりと汗をかいた。   「オメガ因子の特性として、他の特性を受け入れ内包するって言うのがあるの。それはこれからの遺伝子や臓器移植の研究に大いに役立つわ。いえ、研究だけじゃなくて……それを使ったまったく新しい生命を作ることだって……」 「なに、の、話、してる……」 「材料なの、オメガは。優秀な人類を作るための、新しい種を作るための、原材料なのよ」  うたが絞り出すように喋っていた時、自分が最低だと思ったのは、雪虫の綺麗な肌に一つも傷跡がなかったことを思い出したことだった。  腕の中の体がひくりと震える。  本人は「大丈夫。この話をすると勝手に出てきちゃうだけなんだから」って言うけれど、だからと言ってそれを放り出すのは人間としていかがなものかと言うもので……  ΩをΩたり得る、女性を女性たらしめる臓器の喪失がうたにどれだけの傷跡を残しているのかは、結局αで男のオレには表面の部分を想像することしかできないのだけれど、うたにそれを行った組織の非人道的な行いに対しては腹の底から怒りを感じていた。  それに、「辛かっただろう」「悲しかっただろう」……そんな当たり前の言葉ではうたを慰めることはできないだろうと言うことはわかる。 「…………」    これで、うたのΩフェロモンが薄いと感じる理由がわかった。  Ωフェロモンの出る部分は項と、それから子宮周りにあるといつか瀬能が説明してくれたような記憶がある。  それのないうたは……雪虫と同じようにΩとしてはひどく不安定な存在なんだろう。  小さく、頼りない。  いつもしゃんと背筋を伸ばして、オレや大神にもはっきりと意見を言うからそんなイメージは全然なかったけど、その内側に一歩踏み込んだ先にいたうたの寄る辺ないような不安さは……  何か手を伸ばしてやらなければならないのではないかと思わせるには十分だった。  雪虫の部屋に入ると、そこはうたの部屋とは一転してポスターが貼られ、オレが持ち込んだものであふれた世界だ。  外の世界を見ることが叶わない雪虫に、少しでも世界を知って欲しくて景勝地の写真だったり、旅行用のポスターだったりを一杯に貼ってあって騒がしいくらいだった。  オレが一つ一つ拾い集めた小さな貝殻やシーグラス、琥珀なんかも瓶に溜まっていて……  生活感があるそこにほっと胸を撫で下ろした。  そこではむしろ色の薄い雪虫が異質なもののように見えてしまうほどで……抱きしめてその存在を確認した時には泣きたい気分だった。

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