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雪虫4 41
「…………ああ、番の方の匂いが残されているんですね」
わずかに香るのは、海を渡ったかのような風の香り。
爽やかな雰囲気を纏うその匂いはαが遺した残り香なんだろう。
オレですら注意深く嗅がないとわからないような微かなフェロモン。
それは御厨に向けて健やかであるようにと言う祈りを込められたもののように感じた。
「番……」
原型を留めていない紙を見つめる御厨はぽかんとした様子のまま首を振って見せる。
「違うんだ、これは睡眠薬の薬袋で……昔、これがないと眠れない時期があって……だから、今もこれが心の拠り所になってるだけで。それに第一、これに番の匂いなんてつくはずない」
そう言って原型を留めていない薬袋に頬を寄せて、御厨は悲しそうに笑みを作る。
柔らかで、優しく細めて見るその目は明らかに愛しいものを見る目つきであり、Ωがαのフェロモンを感じて高揚している時の表情だと感じる。
もしかしたら薄すぎてよくわかっていないけれどどこかで感じ取っているような……そんな状態なんだろうか?
それとも……と考えだして、瀬能の悪い癖が感染してしまっていることに気が付いた。
「時間とらせちゃったね。でももう……諦めるから、気にしないで」
「えっ⁉ じゃあこれからどう どうするんですか? パートナーもいないのに」
「みなちゃんが嫌だって言うんだったら、一人……独りで生きていこうと決めていた生活に戻るだけだから」
今までも何かある度にそうしてきたんだろう、縋るように巾着をぎゅっと握りしめる姿は糸に縋りつくような雰囲気に似ていて……
オレは神様でも何でもないし、自分の生活にいっぱいいっぱいだと言うのにどうにかしてやらなければならないんじゃなかろうか と言う気持ちがむくむくと起き上がる。
さっき、提案を断られたばかりなのだから、そうですかと言って帰ってしまえば話は済むはずだし、番以外のΩに深入りしようなんて気はさらさらないと言うのに、気になるものは気になって……
言葉を選んで黙りこくったオレの様子を見て会話はおしまいだと思ったらしい御厨は、お守りを丁寧な手つきで片づけて緩く頭を下げてくる。
「今日は気にかけてくれてありがとう。それと最後になんだけど、みなちゃんは本当に君のことをずっと探してて、愛して、いつも気にかけていたんだ。突然名乗られて困惑はするかもしれないけれど、そのことだけはわかってあげて欲しいんだ」
その言葉に、オレじゃないですって言い返すことができたらどれだけ心が楽だったか……
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