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雪虫4 45

「現状、向精神薬で対処していくしかないね。それも行き詰ってる感が否めない部分もあるけれど」  それは、番のいなくなってしまったΩの衰弱が、単純に精神的なものだけではないと言いたいんだろうか?  気持ちだけの問題じゃない?   「でも彼にはこれがあるから、だいぶ助けになっているんじゃないかな」  そう言って瀬能が示したのは枕元に置かれたぐしゃぐしゃの小さな紙片だ。  病院に運び込まれる御厨がどうしても手放さず、元々脆くなってしまっていたそれはただの小さな紙の塊となってしまっていた。 「……」  そこから漂ってくる強いフェロモンの匂いに、顔をしかめて返した。  あの時、あの紙片にした……してしまったことを思い出し、そわりと体を揺する。  オレは一体何をしたのか、答えはわかってはいたがそれが事例としてある事柄なのかどうなのかを考えると、なんとなく言い出す勇気が出なかった。 「……みなわに連絡は?」 「してあるよ。来るか来ないかは彼次第だけれど」  ここでみなわが来なかったら御厨はどうなるんだろうか?  自分で覚悟を決めたように、独りで生きていくんだろうか?    こんな状態で、心の拠り所となっているみなわと決別して生きていけるんだろうか?  オレには、それは無理なように思える。 「来てくれたら……いいんですけど」    儚く見えるその姿に同情してしまうのは仕方がないことだったけれど、だからと言ってオレにできることはこれ以上何もないと言うのも事実だった。 「瀬能先生……番と別れたオメガに対して、何か周りの人間ができることってあるんですか?」 「それは  精神的に、   」 「そう言った模範的な返事じゃなくて、もっと踏み込んだ治療みたいな。そう言うのはないんですか?」  瀬能は難しそうな顔して口を引き結んだままだった。    番に捨てられたΩの問題。    これはバース性のことを調べれば嫌と言うほど出てくる問題であり、長い人類の歴史の中でΩ達にとっては生死を分ける事柄だと言うのに解決することのなかった問題でもあった。  例え、それがバース医の権威である瀬能だとしても、安易に解決と言う道を見つけることはできていないのだろう。 「……」 「これから、もっとそのことに対して、研究が進めば良いのだけれどね……」  オレへの返事かどうかすらわからない呟きは、瀬能の苦しい胸の内を表現しているようだった。  番に捨てられたΩの救済。  気になると言うよりは心に引っかかると言う形で、昨日からずっとオレの胸をチクチクと刺し続ける。  上書きし直すことのできない番契約において、その不利さを一身に受けるΩ。    そのΩにとって項を噛まれるということがどれほど覚悟の要ることなのか……

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