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雪虫4 56
きっと、今が休憩時間なら東条は遠慮なく笑っただろう。
そう言う表情だ。
「わ、笑っていいですよ」
「大神さんがいないのに、そこまで危険な現場には連れて行けないかなぁ」
はは と抑え気味な笑い声に……許可したものの笑われると腹が立つものだとむっと唇を曲げる。
「もっとやばいところもあるけど、それはその内に。私達も人材が潤沢と言うわけではないからね」
それは、安易に放り込まれると死んでしまうと言うことなのか……?
思わずさっと首元に手をやってネクタイを弄った。
締め付けるほどじゃないはずなのに、首周りに何かがあると言うことがかつて城の地下にある通路で殺されかけたんだと言う記憶を呼び起こして……
ひゅうと喉が鳴った気がした。
「大丈夫だよ、大神さんは君のことを買っているし、簡単に使い捨てたりしないはずだよ」
「はは……はず、ですか」
鼻がいいだけなら他にもいるかもしれない。
その一番の理由は雪虫を攫おうとした奴の息子だからと言うことに、一抹の納得のできなさを感じる。
素直に能力だけで選ばれたと思えていた頃はよかったんだと、拗ねたくなるような気分だ。
「 あ、オメガの匂いがします」
思考を裂くように入り込んできた匂いはΩ特有の花のような華やかなものだ。
βばかりの中にその香りがあるのは、まさに紅一点と言ったようにはっきりとわかる。
「わかった」
オレが指さした先のクラスを確認してメモを取ると、そのまま何事もなかったかのように歩き出す。
他のクラス前をぐるりと回り、その学校でオレが感じたΩの匂いは一人だけだった。
もう少しいるかとも思ったけれど、オレ自身セキに会うまではΩに会ったことがなかったのだから妥当なのかもしれない。
マンモス校に一人、いればいいくらい。
東条はそう説明してくれていたが数校回ってやっと一人と言う割合に、ここまで数が少ないとは思わなかったオレはびっくりするしかなかった。
「時々二人とかいるけど、つかたる市のイメージで考えると驚くよね。あそこがどれだけバース性の人間を集めているのかよくわかるよ」
「そう……ですね、あそこで暮らしていると感覚が狂いますね」
「さて、ここがあのクラスの靴箱かな」
なんとなく東条について歩いていたのだけれど、気づいたら下足箱の前に連れてこられていた。
靴の並んだ四角い箱の並びを見て困惑していると、東条がさっと手を差し出す。
「はい?」
その動きは「さぁどうぞ!」と言っているソレだ。
「あ……え?」
「授業が終わる前に、ささっと済ませよう」
「……は?」
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