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雪虫4 63

「あ……あれ? 雪虫さん? あの、何かごりっぷ……く……」  笑顔で飛びついてきてくれるだろうと思っていただけに、オレの広げた手は虚しいし切ないし……  オレ何か怒らすようなことした⁉  三日間の出張から帰ってきてやっと雪虫に会えたと言うのに、体温を感じるどころか間近で匂いを嗅ぐことすらできない距離で動けなくなってしまう。 「しずる、なんかくさい」 「っ!」  昨日散々肉を食べて肌がテカテカになっている身としては、心当たりが腐るほどあるわけだ。  ニンニクの効いた醤油ダレが美味しかったんだぁと思い出しながら、唾をごくりと飲み込む。 「くさい」  もちろん! ここに来るまでに風呂には入ったし歯は念入りに磨いたし、舌も磨いた。  消臭剤はかけたし、息をケアする小さな飴のようなものも飲み込んで、準備万端にしてきたと言うのに……  とは言え、どんなに準備してても雪虫が「くさい」と言うならもうオレはただの汚物なんだからすごすごと身を引くしかない。 「ほかのアルファのにおいする!」  つーんとした物言いはまだ怒ってますよ のアピールだ。 「ご、ごめん! 東条さんのだと思う。出張中はずっと一緒に行動してたから」 「いっしょ……浮気?」 「なんでだよ!」  他の人間のフェロモンをつけてたらなんでもかんでもそっちに結び付けるのはやめて欲しい!  それに、匂いだけで言うなら雪虫には出張中に世話を頼んでいたうたのやら、食堂でよく話をしているβやΩ、それから……かすかだけれどαの臭いも感じる。  オレだけに染め上げていた雪虫に染みついたフェロモンが、雑多なもの共に上書きされてしまっている!  ぞわ……と焼けた鉄棒を握ったかのような悪寒と鳥肌が体を駆け上がって、雪虫がご機嫌斜めだった場合は謝り倒してから寄っていくんだけど、それもせずにどすどすと荒い調子で近づいた。  できるだけ刺激を与えないようにって、雪虫の前で走ったり大きな音を立てたりしないようにしていると言うのに、そんなこと頭からすっかり抜け落ちてしまっていた。 「浮気なんかしてない! したのは   」  αの臭いは本当に微かだ。  オレじゃないと気づかないくらい……と言うことは食堂ですれ違っただけかもしれない。  βやΩのフェロモンも話し合いをしていたら移るな くらいの濃さで、うたがしっかりと傍に居てくれたことがわかる匂い方だった。  だから、雪虫は何もしていない。  むしろいつも以上に他人と接触がなかったんじゃないかな?  だから浮気なんて絶対にされていないってわかってるのに、雪虫についたオレのフェロモンが薄れていることで苛立って、ついきつい調子で声を上げる。  

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