123 / 425

雪虫4 71

「あ、あの……」  わけがわからないと尋ねようとするも、手をひらひらと振られておしまいだ。  仕方なく机に並べられた小瓶を分け終えて……もう一度、真ん中グループの瓶を手に取る。  見た目は他の瓶と何も変わらない。  適当に取った瓶の蓋を開けて匂いを嗅いでは、次の瓶に手を伸ばす。  発情期直前の香りから一転、次の物はどこか青臭い感じがする分、先ほどの物より若いんだろうなって感想だ。匂いを嗅いで年齢を想像するなんて、なんだか悪いことをしているような、座りの悪い気分にもなるけれど…… 「……?」  ふと、引っかかって小瓶を見つめ直す。  なんて特徴はないガラスの瓶だ。  多少の違いはあれど、いつもこの実験にはこんな風な小瓶が使われて、中に脱脂綿が入れられていてそこに匂いと言うかフェロモンが染み込んでいる。 「……」  そう、フェロモンだ。  小瓶がどうしてしっかり密封できるようになっているのかと言うと、それはフェロモンが揮発しやすいからで……   「……」  さっと乱暴に手を伸ばしたせいか、カチャカチャ と派手な音が響いて耳を塞ぎたい気分になる。 「先生、フェロモンって何年経ってもこんなに香るものなんですか⁉」  通話中に声をかけるなんて無作法だとわかってはいたけれど、とっさに出た言葉を止める事はできなかった。  オレの言葉をスルーするかと思っていた瀬能はわずかな間を置いてからゆるやかに首を振る。 「そんなわけないだろう」    通話を切ったらしい瀬能は呻くように言ってオレの方へと向き直った。  その顔は血の気を引かせているかのようだったのに、同時にどこか興奮を滲ませてもいるようだ。 「もう一度だけ確認してもらってもいいかな?」  真剣な瀬能の声に、オレはただただうなずくしかできなかった。    アパートの明かりが見えて、やっと歩調を緩める。  走っていた名残で息は弾んでいたけれど、気分的にはじっとりとした嫌なものが拭えないままで、弾むとは言い難かった。    あの後、繰り返し確認したけれどあの小瓶のフェロモンが他人の物だとは思えず……  瀬能に内容を聞いてもまだはっきりとしたことがわからないから と、詳しい説明は拒否されてしまった。  自分の意見が何か重大なことを引き起こしてしまったのは確かなのに、蚊帳の外にされている気まずさに自然と眉間に皺が寄る。 「こう言う時、オレってなんのために雇われてるんだろなぁって思うよなぁ」  まともに学校に行っていたとは言い難い生活をしていたし、勉強ができたとは言えないけれど、それでも直接関わっているのだから話くらいはして欲しかった。

ともだちにシェアしよう!