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雪虫4 73
そこにあるのは雪虫がオレにつけてくれた番契約の証である歯形で……視線ですら仙内に晒したくなくて、押さえて後ずさった。
「面白い。その歯形に免じて、招いてやろう」
「ま まね……?」
「モナスートの地へ」
「も ? って、オレはそんなところ行かない!」
そんな地名あったか? と考えている間に、仙内は狭いアパート内をすたすたとこちらに向かって歩いてくる。
「お前の番は向かうがな」
「お……れ……っ行かないっ! 雪虫も行くわけがない!」
「アレはモナスートの物だ、いずれ帰ってくる。そう言うものだ」
「モナスート……モナスート……って、モナスート教⁉︎ なんでそんなものに雪虫が関係するんだよ!」
一歩ずつ近づいてくることに警戒するようにぐっと拳を握り込むと、仙内の歩きがぴたりと止まる。
「近寄ったら、ただじゃおかない!」
「……は、大神は随分余計なことをしてくれたようだ」
「なに 何の話だ……」
オレにはわからない言葉を漏らすと仙内は肩を竦めて一歩後ろへと下がった、それが何を意味するのか分からないオレは、そのまま突き進むべきかどうか……窺うように相手を睨みつけるしかできない。
「お前、殺すぞ」
「なっ 」
脅しかとさっと血の気を引かせるも、そうではない。
「このままでは、お前は番を殺すぞ」
「なに 何言って……おい! どう言うことだ」
「どう言うことだと…… 」
仙内は取り乱すオレにわずかな笑みを浮かべて、機嫌よさそうに言葉を紡ごうとした。
けれど、続きの言葉は出てくることがなかった。
深い笑みを一つ。
そしてさっと踵を翻すと部屋の奥に向かって走り出し……
「おい!」
そして、かき消えるようにしてその姿はいなくなってしまった。
たった一瞬、しかも目の前で行われた脱出ショーにぽかんと立ち尽くしていると、オレの背後の扉がどぉんっと大きな音を響かせて吹き飛ばされる。
決して安普請な造りではない扉はそれなりに重さはあったはずなのにそれが宙を舞って……
「あ 」
ほっとしたせいで立ち尽くしていたオレの上にそれが降ってくるのをぼんやりと眺めていた。
ちょんちょんちょん と瀬能が傷口を消毒してくれていたが、その肩はぷるぷると震えて今にも小刻みに踊り出しそうだ。
手当をしてもらっているとは言え、わけのわからない体験をした人間にとる態度じゃないと思うのはオレだけだろうか?
「ごめんねぇ」
こちらはこちらで、悪いと思っているのかいないのかわからないきゃるんとした表情で謝ってくる。
「いえ、水谷さんが来てくれて助かりました」
もっとも、ドアを吹き飛ばす必要はなかったと思うけどもっ!
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