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赫の千夜一夜 4 

 どうしてだか、離れたくなかった と気持ちの面では答えることができたが、はっきりとした文章にできない理由であるそれを受け入れることは、大神には難しい。  けれど結果として、銃撃に怯んだセキが海に落ちかけ、それを助けようとしたために二人はあの場から遠のくことができたのだから、何がどう転ぶかわからない。  すぐにでも船内に引き返すことも考えたが、セキを連れてあの場に戻る危険性を考えた大神はセキを連れて逃げることを選び……  まずはここから離れてセキの安全を確保して……と考えを巡らせる大神に、セキは思考を裂くような声を上げた。  「大神さ  っ」と甲高い声は明らかに異常事態が起こっているのだと大神に伝えるには十分で……    真っ赤な 真っ赤な……赤い……足元に広がるそれは…………   「今、リンゴは食べられそうか?」 「!  ぅさ  ぎ、 む   ぃ!」  息と同じように吐き出される言葉には音が乗っていない。  わずかに聞こえる音を拾って紡いで……大神はセキが「ウサギに剥いて欲しいです!」と言ったのを確信して、「甘えるな」と冷たい言葉を返した。  ナイフでリンゴを切り始めた大神の少し丸くなった背中の後ろで、セキはつまらなそうに唇をとんがらせてから両手で持ったままの赤いチューリップを掲げてみせる。  そうすると窓から入る強い風と空の青さに囲まれて、赤いチューリップが生き生きして見えた。  なんてことはない、ただの赤い花だけれど、セキは大神が気まずさか……はたまた謝罪の意味でこれを送ってくれたのだと確信があった。 「 ! ! !」  ふんふんふんと音にならない鼻歌を歌いながらばさりとベッドに倒れ込んで足をばたつかせると、しなやかなそこに赤い斑点と幾つもの歯形が見える。  それは足だけじゃなくて腹、腕、背中……項以外のすべての体にはっきりと刻み込まれていて、見るものが見れば虐待の後ではないかと思わせるほどだ。  けれど、セキはこの痕をうっとりと眺めてからまたチューリップを見て……幸せそうにくふくふと噛みしめるような笑い声を漏らす。 「何を笑っているんだ」 「な  、 、 !」  にやにやとした笑いで動かされた口は「何も!」と言っているようだが含むことがあるのははっきりとしている。  自分の体を伝う真っ赤な液体にセキは真っ青なまま動けず、大神は逆にセキの体に飛び掛かるようにしてスーツの上着をはぎ取った。  怪我……それも銃に撃たれたのかと血の気を無くす大神だったが、けれどセキに傷一つ見つけられない。 「大神さん……これ、抑制剤が溶けています……」  

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