142 / 391
赫の千夜一夜 7
「大神さん!」
「小さい声で十分聞こえる」
換気のために開け放ったままの窓からは遠くの喧騒が聞こえ、宿の前を通る人々の会話まで聞こえるような状態だ。
それはつまりこちらの声も筒抜けと言う状態で、騒がしいセキに大神は不満そうだった。
「もう一度だけ、抱いてもらえません?」
「ヒートはもう終わっただろう?」
「ヒートはもう終わりましたよ? でも、終わったのは体だけで……満足感がないって言うか」
大神は表情に出さないでざっと胸の内で血の気を引かせながら、ベッドの下に蹴り込んだ精子を溜めたコンドームの入ったゴミ箱の重さを思う。
あれだけ出すほどの情交を交わし続けて、それでも足りないと言われたのだと思わず視線が泳いでしまった。
「それは 」
「入んないのは百も承知ですから、ね?」
いまだリンゴの味のする唇で強請るようにキスをする。
「だ 」
「入れるだけがセックスじゃないって、大神さんだって言ってるじゃないですか」
いつもセキをあやすための言葉を言われて、言い返せずにむっと押し黙る。
「触れ合うのだって……──── 十分セックスですよ」
合間についばむように唇をはまれて大神が身じろぐ。
二人の唇はまだ敏感だった。
発情期から抜け出したとは言え、拭いきれない感覚がまだ肌の上を這うように主張している……けれど、セキの体は激しい発情期の名残を残して痛々しいほどの見た目になっている。
それを見て、大神は思いとどまらせるような言葉を探すが……
「もっと触れていたいです」
じっと自分を見上げるセキの瞳に空の青がチカリと反射する。
蠱惑的な美しい瞳は、Ωが持つ魔力だ と魅入られるように覗き込みながら大神は胸中でごちる。
「ネックガードがないだろう」
「もうヒートも終わりましたし、入れないならなくてもいいじゃないですか!」
テーブルの端に置かれている、役に立たなくなったボロ屑のようなネックガードを睨んでから観念したように口を開いた。
「花を置け」
言葉はつっけんどんだったがセキの髪に差し込む指はどこまでも丁寧で優しい。
傷つけないようにと気を付けているのがわかる手つきで耳たぶをくすぐり、セキが大事そうに握りしめたままのチューリップを飲みかけのペットボトルに挿すのを見遣る。
「んっふふ」
「なんだ」
「大神さんが素直だなぁって」
「あ?」と返そうとした唇を塞がれて、そのまま深くお互いの咥内を犯し尽くす。
先ほどまで確かにあったはずのリンゴの味がお互いの溢れた唾液であっと言う間に霧散して、純粋なお互いだけの甘い味わいだけが舌先に残る。
わずかに隙間ができると、銀の糸が名残惜しげに繋がって……
ともだちにシェアしよう!