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赫の千夜一夜 14
「ぁ、う……ちゃんと触ってください」
「触っているだろう」
「そうじゃなくて……」
セキは抗議の声を上げたけれど、大神の緩やかな愛撫が前戯でないことは百も承知だった。
「イジワル」
ぽつんと言ってはみたもののセキ自身も体力の限界はわかっている、素直に大神の胸板に頭を預けていじいじと逞しい皮膚に浮く血管を指先で辿る。
まるで体を温めるように動いていく手に、心地よさを感じてほっと息を吐いた。
「機嫌は直ったか?」
「だから、拗ねてませんって!」
そう言いつつもセキの睫毛にはいまだに小さな水滴が幾つも震えていて、空を美しく映していた。
「大神さん」
「なんだ」
「……オレが、大神さんに不釣り合いなのはよくわかってるんです」
そう言うと細い体は逃げるように大神の腕の中から飛び出していく。
「学もないし、お金もないし、腕っぷしがあるわけでも、頭がいいわけでもないし。親だって……父親は誰かわからないし母親は蒸発しちゃって。大神さんにふさわしい人間だとは思わないです! でも……だから、オ オレだけにして とか、言いませんから 」
華奢な体が震えてうずくまると、更に小さくなったような心細さを滲ませる。
「 オレ、を 手放さないでください」
しがみつける場所を見つけられずにセキは自分自身を強く抱きしめて絞り出すように言う。
見る者に痛々しいと思わせるほど心細げに、セキは額をシーツへと押し付けた。
「そうすれば……そうするだけで、 幸せになれるから」
しゃくり上げそうになるのを懸命に堪えた声を絞り出す姿はまるで額づいて懇願しているかのようだ。
「セキ」
呼ばれた名にピクリと反応をするも顔を上げることはない。
「 ──── あか」
思考を巡らせたと言うわけではなかったが、大神はその名前で呼ぶことに随分と時間をかけた。
セキと仲がいいしずるも雪虫も知らない名前は、もう持ち主のセキ自身使うことのないものだったが大神にとって特別なものだった。
「……はい」
「見えるだろう」
涙が留まって青い光をチカチカと揺らめかせる双眸は、大神の促しに従って右肩を見る。
人体にあってはならない色彩で、色鮮やかに描かれた小鬼が古い傷を覆い隠しているそれは、大神を明らかに一般人から線引きする存在だ。
それを肌に入れると言うことが何を意味して、何を背負うのかをセキは大神の食いしばるように引き結ばれた唇を見て思う。
威嚇するようでもあり、守るためのようでもある。
セキ自身は大神の背中の入れ墨について深く聞いたことはなかった。
右肩から左腰まで達する大きな幾筋もの古い傷痕を覆うように描かれたそれは、安易に立ち入ることを許さない雰囲気があったからだ。
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