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赫の千夜一夜 15
「これは、表と裏を分けるためのものだ」
ほんの少し前、呆れながらもリンゴをウサギの形に剥くような和やかな雰囲気は霧散して、今の大神が纏う気配は一般人が触れることのない剃刀のように研ぎ澄まされたものだった。
「こんなものを背負った人間と、関わり合いになりたいと思うか?」
「オ、オレはなりたい! そんなの関係なくっ大神さんと っ」
「じゃあ子供はどうだ?」
「こど 」
いつもいつも、望んでも意に介してもらえなかった言葉を持ち出されてセキは戸惑う。
「お前の子供は、カタギではない俺と関わりたいと思うか?」
「そん そんな……の、オレはオレの子供じゃないんだからわからないよ!」
「今回、この宿に泊まることになった理由を覚えているな?」
「それはっオレがヒートになったからであって っ」
ひたりと見据えられて、さすがのセキも言葉を途切れさせてうつむいた。
ここに泊まる理由は確かに直接的な部分ではセキの発情期が原因ではあったけれど、その大本を辿れば大神の仕事が原因だ。
日本ではできないような、グレーと言い張るのも厳しいような仕事で起こった今回の騒動を思い出して、セキは何も言えなくなってしまう。
「そんな人間が、パートナーや番を持ってどうする?」
それでなくとも命を狙われることも少なくない。
セキは大神をサポートしている人々が日々、どれだけ神経を尖らせているかを知っている。
そして、大神に何かあった時、どれほど恐ろしい思いを抱くか……
身をもって知っているだけにセキは言葉を見つけることができない。
「明日、頭を打ち抜かれて死ぬか、海に沈められるか、毒を盛られるか……俺はそんな場にいる人間だ」
「そんなことにはなりません!」
「神でもない限りわからんだろう」
「わかりますっ! オレにはっわかるんです! そんなことにはなりません!」
歯を食いしばるようにして叫んだセキの弾む肩を、大神の手が掴む。
細い肩はなんの力を込めなくても、手の重さだけで折れてしまうそうだった。
「これを背負ったことに、後悔はない。だが、お前とのことは後悔している」
「 ────っ」
一瞬喉を詰まらせたかのような呻き声が聞こえ、その次の瞬間にはひしゃげた濁音を纏う悲鳴が上がる。
大神が自分のしたことに対して後悔と口に出すことはなく、セキは自分との関係にその言葉を持ち出されて……
「 そばっ ぅ゛、そば、にっ ぃ゛いたい、だけっなん っぅ、傍に居たいだけなんですっ!」
なりふり構わない叫び声は小さな部屋にわんわんと響き、やがて外の喧騒に飲み込まれて消えていく。
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