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赫の千夜一夜 16

 か細く上がるすすり泣きの声を聞きながら、大神は窓の方に顔を向けた。  沁みる蒼さ。  心の隙に入り込むようなそれが悪いのだと、胸中でごちながら大神はうずくまって泣き続けるセキへと手を伸ばす。  本来ならばこの手を伸ばすのが悪手だと理解しているのに、止まられないままにセキを抱き上げる。 「 ぅ゛⁉」  こんなに泣けるのかと思わせるほどの涙を流し続けるセキを懐へと入れ、大神は覆いかぶさるようにして力を込めた。  その姿はさながら獣が大事なものを抱え込む様子にも似ていて、セキはずず……と鼻を啜りながら表情を窺おうと顔を上げる。  粗い造りの顔立ちはいつも硬質な表情を浮かべられているせいか、いつもどこか拒絶する雰囲気を醸しているというのに、ほんのわずかにそれが緩んでいるように見えた。 「お が  」 「傍に居たら、手放せんだろうが」  大きな体はセキを包むように丸められ、外からの干渉はもちろん、中から逃げ出すことも不可能な檻にも似ている。  けれどその息苦しさにセキは目をきらりと瞬かせた。  繰り返し繰り返し交わって馴染んだ体温だからか、その中は酷く安心する場所だった。 「……大神さんに、食べられた気分です」 「そうか」    のそりと巨体が動き、セキは額に硬いものが当たる感触に息を詰める。  硬い歯が、自分を齧ろうとしているんだと……恐ろしさを覚えてもいいはずのその状況で、セキはうっとりと微笑んだ。   「骨も残さず食べてください」 「そうか」  懇願に、骨に響くごり と言う鈍い音が響いた。  武骨な手が涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃになった顔を拭き上げる。 「出すものを全部出した顔だな」  そう苦く言うけれど、大神の目はいつもよりどこか凪いでいるようだ。 「なんで……オレのこと、食べてくれないんですかぁ……」  愚痴にも悲鳴にも似た声でセキは言うと、またほとりと一粒の涙を零す。  それがタオルを持つ大神の手の上に落ちて、滲むようにして震えて広がったのを見届ける。 「腹が減っていない」  そう言いつつ、大神は少し茶色くなったリンゴを摘まみ上げて口に入れた。  咀嚼すると男らしい唇の上に果汁が溢れて潤い、光を含んで艶めかしく動く。  セキは不満そうにそれを眺めてから、縁の傷む目を擦った。 「大神さん。大神さんがオレとのことを後悔しててもいいです、オレを手放そうとしててもいいです。でも、オレを他人に渡すくらいなら骨まで食べて、セキの名前だけを弔ってください」  穏やかな風が吹き込み、気候も相まってそこは和やかな空間であるはずなのに、二人の絡んだ視線は今にも火花が散るんじゃないかと思わせるほどひりついている。

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