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赫の千夜一夜 18
「ヤクザのくせにこう言うトコは真面目ですよね。大丈夫です! 仕事を選ばず働きますから! ちゃんと養いますね!」
「仕事は選ぶもの……じゃない。どうしてそうなる」
「そう言うものじゃないんですか? え……だって、母の恋人たちは……そうやって……」
ぐっと額を押さえて、大神は小さく呻く。
「甲斐性なしと一緒にするな」
矜持だとでも言いたげに低く唸ると、大神は隙間なくぴったりとしがみつくセキを引きはがす。
「だから、ここで一緒に暮らしましょう」
拒絶される前にセキはもう一度、強く言う。
セキを掴んだ手の力は弱まらなかったけれど、二人の間の空間はそれ以上広がらなかった。
「そうすれば、もう大神さんが辛い思いをすることも傷つくこともありません」
そう言うセキの目は大神の体のあちこちにある傷跡を追いかけている。
ただの事故でついたものなのか、それとも命を狙われてできたものなのかは尋ねたことがなかったのでわからなかったが、無数に残る大小の傷は無視できるようなものではない。
セキは一つ一つ、小さな傷にまで指を這わせて確認しながら窺うように大神を見る。
「大神さんがすべてを背負う必要はないんです」
空を見る目が自分自身を見ていないことに焦れて、セキは気を引くために腕に頬を擦り付けた。
「……そうだな、 」
寂寥感を滲ませた声音で零した言葉にセキの体が跳ねる。
忍び寄る緊張の合間に屈したように、くたびれた溜息を吐いて黒い瞳がセキを映す。
「…………」
懐かしさを感じるこの場所で、このまま二人で生きて行けたらならば……
期待を込めたためかセキの瞳がきらりと光を弾いた。
「ここに残りたければそうするといい」
「っ!」
けれど返された言葉はあっさりと自分自身を切り離す言葉で、セキははっと息を飲んで身を竦めた。
「段取りは整えてやる」
「ち ちが っここに住みたいんじゃなくて! ここで! 大神さんと! どこでもいいから……一緒に生きていきたいんだって。なんでわかってくれないんですかっ!」
感情のままに拳を振り下ろしてはみるが、セキ程度の細腕ではなんのダメージもなかったのか大神はぴくりともしない。
いつものような硬質な表情と瞳で黙って見下ろすばかりで……
「俺は ────っ」
大神が何か言おうとした瞬間、セキは強く腕を引っ張られて転がるように壁へと押し付けられる。
ひやりとした土壁の感触を感じるか感じないかの一瞬の出来事だった。
発情期のΩが泊まれるようにとしっかりとした作りだったドアが蹴り破られる音が鼓膜を揺さぶった。
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