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赫の千夜一夜 20

「動くな!」  腹から出された言葉は、それだけで人を萎縮させる。  たたらを踏むように立ち止まったセキははっと息を飲み、自分の方へと動いた銃口を見て顔色を無くした。    ほんのわずかでも動けば撃つと告げてくる気配を断ち切るように、大神は声を上げた。   「こいつは関係ないから拘束の必要はない。そこらで買った男娼だ」 「ミスター大神、この国でのオメガへの買春は死刑相当と知っていますか?」 「……」  市場でそう言った人間が声をかけて来たために出た言葉だったが……大神は表情に出すよりも早くセキを背後へと押し込める。  牽制のために向けられていた銃口がさっと急所へと向けられた瞬間、細い手が何よりも早く動いて大神の体を抱き締めて…… 「────っ! オレはっ この人の番です!」  小さな体では大神を庇うことなんてできないのはわかりきっていると言うのに、セキはそう叫んで銃口に向けて顔を上げた。  下ろした剃刀の泡を洗い流し、大神は顔を反らして鏡に映る肌に剃り残しがないかを確認する。  豪奢としか言いようのない装飾の施されたそこは、発情期のために頼ったホテルからは想像もできないほどの豪華さで……さすがの大神もそれを見て眉間に皺を寄せるほどだった。  大神の巨体が入ってもゆったりと出来るほどの浴槽と、本当にこの広さが必要だったのか疑問に思わせるほどの広さの浴室、それからここまで飾る理由がわからない洗面台を眺めて落ち着かないままに口を引き結ぶ。 「正直、あのまま撃たれるかと思っていたが……」    自身の前に躍り出たセキを抱え込むように庇ったあの瞬間、そのまま撃たれたとしてもおかしくはなかったのだろうと雫の残る体を見下ろしながら思う。 「…………」  拘束されてどうなることかと警戒していたと言うのに、連れてこられたのは拍子抜けするほど贅の限りを尽くしたようなこの場所だったことに、困惑して大神はますます眉間に皺を寄せる。  『手狭で申し訳ないが』と放り込まれ、身支度をするようにと告げられて唯々諾々と従うしかない状況に苛立ちを感じて溜息を吐いた。  少なくとも自分をここに連れて来た人間はぞんざいに扱う気がなさそうだ……と言うのはわかったが、セキと引き離された以上下手なことはできない。  追いすがるように手を伸ばしたセキの姿を思い出して、大神は拳を振り上げそうになって奥歯を噛みしめる。 「 ──── ミスター大神。着替えをお持ちしました」  ノック音と共に扉の向こうからかけられた声は大神が身を清め終わったことをわかっているかのようだった。

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