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赫の千夜一夜 21
絶妙なタイミングの良さに、大神はさっと辺りを見回すがカメラのようなものがある気配は感じない。
「ああ」
小さく返すとさっと扉が開いて滑らかな身のこなしで人が入ってくる。
「何か不自由はございませんか?」
滑らかに日本語を操り、カートを押して入ってきた女性は窺うような視線を向けてくる。
ここに連れてこられた際に入浴の手伝いを……と言ったのを固辞したせいだろうと、大神は「問題ない」とだけ返す。
「こちらをご用意いたしました、他に必要なものがあればお申し付けください」
「……連れはどうしている」
「身支度を整えていただいております」
「……」
異国の服に身を包んだ女は豊満だが華奢だった。
押し退けることも昏倒させることも安易にできるだろうと思わせる外見だったが……大神は眇めるように女を見遣り、顔をしかめてカートの準備された服に手を伸ばす。
「お手伝いいたします」
「必要ない」
「不足がありますといけませんので」
そう言うと女は世話をしなれた手つきで大神の体に残った雫を拭き取り、髪を整えていく。
「 ……ここは、どこだ」
何かの情報の欠片でも手に入らないかと尋ねてみると、女はぱちりと長い睫毛のついた目を瞬かせて「ルチャザにございます」と必要のない情報を寄越してくる。
部屋に押し入ってきた連中と同様、同じような返事をされることへの居心地の悪さと、この女は何も喋らないだろうと言う確信にますます渋い顔になっていく。
「お手を」
そう促されてシャツに手を通そうとして……その違和感に気づいた大神は女を見下ろす目に険を込める。
「……」
「お気に召されませんか?」
女のにこやかな笑顔が癪に障るがどうしようもない。
大神は何も言い返さないままワイシャツに袖を通す。
寸分のずれもなく肌に馴染む感触に、胸中で舌打ちをする。
それは普段使っている物と同じもので、直江が「こだわりですから」とオーダーメイドで作らせた物と同じだった。
「スーツも、そう か」
つい漏れた呻くような声は独り言だったはずなのに、女は満足そうに笑みを深くして幾本かのネクタイを並べる、その隣には幾つかの時計、ネクタイピン、香水も……
そのすべては新しいものだったが見覚えのあるものでもあった。
「お好みのものがなければ新たにご用意いたします」
「……任せる」
大神の言葉に女は嬉しそうに微笑んだ。
いつも通りの服装だと言うのに首を絞めつけられている気分だった。
大神は先導する女の背中を警戒しながらも、周りを見回して様子を窺う。
廊下は先ほどの部屋同様に白亜と豪奢な装飾で飾り立てられ、寸分の隙もわずかの汚れも存在しないように磨き抜かれている。
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