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赫の千夜一夜 23
「では参りましょう」
女はそう言うも動き出さず、大神の動きを窺っている様子だ。
「……」
その女がどこへ案内するかは見当がつかなかったが、ただ黙って後ろについていく以外に選択肢はないのだと苦々しく思いながら、大神は上着を脱いでセキの肩へとかける。
飾り立てられてはいたが、逆に裸体よりも官能的な姿がジャケットに隠され、押さえつけられた飾りが小さく悲鳴のようにカチャカチャと音を立てた。
「服をお直しください」
「……」
「乱れた服装は許されません」
まるで規則が守られなければ存在すら許さないとでも言いたげな硬い声音で繰り返されたが、大神はその言葉に返事を返すことはせずに真っ直ぐに女を見据えて立つ。
腕の中のセキが気まずい雰囲気に身じろぎしようとすると、ぐっと力を込める。
チリチリと二人の間に見えない火花が飛び散り、白亜の宮殿は優雅だと言うのにまるで戦場のようだ。
「……」
「無礼だと 」
言葉の途中でさっと女が頭を垂れる。
この先へと案内しようとしていた場所から静々と下がると、存在すらも消すかのように息を潜めて頭を下げた。
先ほどまでの自分が上なのだと言いたげな雰囲気が鳴りを潜めて、女の姿は真摯に仕える人間のそれだった。
「──── ようこそ」
涼やかな声は銀で作った鈴を転がしたようで、動きと共にシャラシャラと音を立てる飾りの音よりもきらびやかに響く。
長くたなびくと言うのに乱しもせずに装飾の施された衣を携えながら、大神達の元へと優雅に歩み寄ってくる。
どこの誰が見ても美しいと表現するだろう金でできた髪と、それと同色の長い睫毛、そしてそれに囲まれた神秘的で魅力のあるアメジスト色の瞳にセキは飛び上がるようにして大神にしがみついた。
「や 来ないで!」
思わず零れてしまった言葉にセキは「あっ」と声を漏らして口を塞ぐ。
初対面の、ましてや歓迎の言葉を告げた相手に向けるにはあまりにも失礼な言葉に、後ろに控えた女が大きく肩を揺らした。
「ええ、望みのままに」
見るからにΩだと言う容姿をした青年はセキの言葉に気を悪くした様子もなく、逆にとろりとした微笑を浮かべて立ち止まる。
「ミスター大神、ミスターセキ、ここからは私が案内いたします」
長い睫毛をそっと伏せ、柔らかな物腰で頭を下げる。
それはまるで服従を示すかのように粛々とした礼だった。
「どうぞ、こちらへ」
腕につけられた飾りが涼やかな音を立てたくらいで、動きは女のそれと大差ない。
けれど促すその動きに大神は何も言わないままに一歩踏み出した。
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