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赫の千夜一夜 25
「綺麗なあの人が大神さんに迫ったら、オレなんてぺってされちゃう!」
今にもべそをかいて、丁寧に施された化粧を涙で流してしまいそうになったセキがぐずぐずと駄々っ子のように言ってびくともしない腕を引っ張る。
そんなセキに対して大神は呆れたように片眉を上げてみせた。
「何を馬鹿なことを言っている」
「だって……だって……」
妙なところでは自信があるくせに、どうしてこう言ったところで発揮しないのかと大神はなんとも言えない気持ちを抱えながら、やんわりと促すようにセキの腕を引いてクイスマの後に続く。
大神の足が動くことに、セキは随分と不満そうだった。
「ぅ゛……さっきの人にはあんなにつんけんしてたのに! 全然態度が違うじゃないですか!」
「挑発されれば誰だってそうなるだろう」
慇懃無礼に振舞う割に屈服させるようなフェロモンで押さえつけようとする、そのことで感じた不快さを顔に出せば、セキが慌ててぶんぶんと首を振った。
「あ、あの人の挑発になびいちゃダメですからね!」
「……」
大神はやはり呆れ顔のまま、大きく首を振ったことによって乱れたセキの肩のスーツを直す。
今この瞬間、自分のフェロモンを一番に纏っている人間が何を言っているんだ……と小さなセキを見下ろした。
とは言え、優雅な足取りで音楽を奏でるように飾りを鳴らしながら進むクイスマには、どこか人を黙って従わせるような雰囲気があるのは確かだった。
「大神さん……オレ達、どこに連れていかれるんでしょうか……」
大神が黙って後ろを歩いているからか、セキは不安になったかのように声を上げる。
辺りは差し込む強い日の光と、白亜の柱やふんだんに生けられた花で華やかだと言うのに、ただただ案内される行為にセキの緊張は限界のようだ。
廊下を通り過ぎる風にすら怯えているように見えた。
「 どうぞ、こちらへ。中でお待ちです」
爪の先まで宝石で飾り立てられた手がするりと部屋を指し示す。
大きなアーチ状の開口部とその奥に広く続く部屋は紗で仕切られているために大神達のいる場所から中を窺うことはできなかった。
何が待っているのかわからない場所に対して、セキは反射的に大神に縋りつく。
「だ、誰が待……」
不安を滲ませた言葉が途中で搔き消え、セキは大神の険しい表情にはっと息を飲んだ。
噛みしめているとわかる顎の動きとピリッと焼けつくような雰囲気。
クイスマは優雅に頭を下げると「王がお待ちです」と静かだがよく通る声で告げた。
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