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赫の千夜一夜 26

 ふわりふわりと垂らされた紗が風に揺れてまるで水の底のような錯覚を起こさせる。  大神はそんな部屋へと進み……セキを抱く手に自然を力を込めた。  臭う、臭わない ではなく、感じ取ることのできる香りに全身に鳥肌が立つ。 「大神さん?」  いつになく緊張しているのがセキに伝わったのか、大神を見上げる瞳は不安に揺れて心配をしているようだ。 「……、いや、気にするな」  そう言いつつも気を抜けば屈してしまいたくなるような衝動が走ることに、薄氷を踏むような心持で息を詰める。  幸いなのが、この空間に満たされたフェロモンはΩに向けられたものではない と言うことだ。大神はゆっくりと息を吐き出しながら歩き出す。  広い部屋なのかもしれなかったが、あちらこちらで揺れる紗のカーテンのせいか酷く狭苦しく感じる。  これで風が吹いていなかったら居心地の悪い空間になっていただろう。   「こちらだ」  はっきりとした声。  低く、心地よく、堂々としていて陰りのない、朗々と響く声だった。  大神がそちらに踏み出すよりも先に、セキの足がさっとそちらに踏み出す。 「 っ!」  それがαに促されたための無意識だとわかってはいたはずなのに、大神はとっさにセキの肩に手を伸ばした。  大きくて力強い手は力加減を間違えるとあっと言う間に華奢な体を壊してしまうのに、そんな考えができないほど無意識に出た行動だった。  きょとんと振り返るセキを無言のまま引き寄せて後ろにやると、裾に飾りが付けられているために揺れない紗のカーテンの奥に進む。  華やかな、日本では嗅ぐことのない異国の花の香りが一際強くなる。  眩暈がしそうなほど濃密なαフェロモンの臭いにさすがの大神も喘ぐように空気を求めて息を吐く。     「さぁ、座るといい」    決して強い言葉ではないと言うのにふらりと足が動きそうになって、大神は慌てて首を振って部屋の奥、色とりどりの菓子の並んだテーブルの向こうを睨みつけた。  クイスマとは比較にならないほど装飾らしい装飾をつけず、真っ白なトーブに似た服に身を包んだ男がゆったりと極彩色の糸で刺繍のされたクッションにもたれかかっている。  シンプルな装いだと言うのにたてがみのような金髪に唯一無二だろうと思わせる深紅の瞳が、この男をこれ以上ないほどに華やかに飾り立てていた。 「……こちらに……ご招待くださいましたことにお礼申し上げます」  短い言葉だったと言うのに、それを口に出すだけで喉が干上がりそうなほどの緊張感に襲われる。    

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