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赫の千夜一夜 30

 突然のことに酷く胡乱な表情をしていたためか、向かいに座る王が大神を見てにやにやと面白そうに口の端を上げる。  大神の困惑をわかっていながら何も言わず、高みの見物を決め込んでいる様子だ。 「お兄ちゃんはどうしてここに⁉」 「それはこっちのセリフだって」 「オレ? オレはね、大神さんと一緒にきたんだよ」 「ふぅん」  そう言うと眇めるように大神に目を遣り……セキを気遣うように大神から距離を取らせる。 「え⁉ お、おにいちゃ……あの  え、えっと  」 「あかが随分世話になったようですね。ありがとうございました。今後はこちらで面倒を見ますので」 「え⁉」  大神の心の声を代弁したかのように上がったのはセキの声だ。  「なに⁉ なに⁉」と続けて声を上げたがそれも、大神のピリッとした空気に押されて消えてしまった。 「突然、藪から棒ですね」  声は努めて平静でいつも通りの声音だったが纏う雰囲気の違いにセキはひくりと体を跳ねさせる。  目の前のハジメ・ルチャザと名乗った人物が少し前に日本から嫁いだと言われる王の伴侶だと言うことは理解できたが、与えられた情報はそれだけだった。  大神は何者かわからない人間にセキと距離を離されただけではなく、馴れ馴れしく……ましてやもう誰も呼ぶ人間がいないはずの名前で呼びかけることに苛立ちを隠せないままで、ここがこの国のトップの前でなければすぐに席を立っていただろう。 「どうせ母親の借金の形にあかをいいようにしているだけなんだろ。オメガは色々使えるからな」 「…………」 「あかの借金はこちらで払うから文句はないだろう」  そう言うとハジメは大神の方に身を乗り出そうとしたセキをぎゅっと抱きしめて押しとどめる。 「もうやくざのとこになんかいなくてもいいからな!」 「ちょ、ちょ、お兄ちゃん⁉」 「あんなに追いかけまわされて……あの時に助けてやれなくてごめんな」  気遣うようにセキの頬を撫でる姿は深い親交のある者同士の様子だった。  大神は今すぐにでもテーブルを叩き割ってやりたいのを堪えながら、静かに「どう言うことでしょうか?」とハジメではなく王の方へと向き直る。  自分を敵視して、それ以上も以下もない感情しか持たないハジメと話をすることは無駄だとバッサリと切り捨てた結果だった。 「突然こちらに連れてこられ、挙句にセキを引き取ると言われても首を縦に振ることは難しいでしょう」 「では説けばそのオメガを置いていくと?」  雑な言葉遊びに大神はわずかに唇を引き結んだが、それ以上表情を崩すことはなかった。    

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