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赫の千夜一夜 31
「セキとの関係もわからないままでは、説かれて手放すことはありません」
びりっと空気が肌を刺激する。
真正面の王から与えられるプレッシャーは容赦がなく、並みの人間ならばとっくに屈していただろう。
αとして……いや、α因子を持つ人間として圧倒的な存在感は人を息苦しくさせるほどだ。
水谷と知り合いでよかった と大神はあののんきそうな顔を思い出して、少し楽になった気分で真っ直ぐに王を見る。
「もうすでに、私達のことは調べ尽くして、その上でまだそうされると?」
「この国では番のいないオメガは王の庇護下に置かれると言うだけの話だ」
「それが旅行者に適応されるとは思えませんが」
目の端でもぞもぞとハジメの腕から逃げ出そうとするセキを捉えながらそう返すと、「旅行者ならば」と告げられる。
これを言われてしまうと大神としては口を閉じるしかなく、きな臭い商売中に襲撃されて迷い込んだ……などとは口が裂けても言えなかった。
実際に赴いたのはこの国ではない隣国ではあったけれど、それでも自分達が真っ当な方法でルチャザに入ったのではないのは確かだ。
ハジメの腕の中でもぞもぞとしていたセキが心配そうな顔をしてこちらを見ているが、空気を察してか何も喋らない。
「数日前、隣国との境で騒動があったらしい」
「……」
「怪我人も多く出たらしい、日本ではそのようなことはないのだろう?」
「……日本は銃規制が一際厳しいので」
セキにかけたジャケットをハジメがはがそうとしているのを、横目で見ながら苛立ちを押し殺しながら返す。
次は何を言われるのかと身構えたものの、王から返事はなくどこかあざ笑うかのような沈黙が流れ……
「 っ」
はっとした大神が王に意識を向ける。
自分の言ってしまった言葉が元に戻せないかとチャレンジでもしているかのように、口をさっと押えて王を睨みつけた。
「……」
「はは! 人と話している時に気を散らすものではない」
「……」
ちらちらと視界の端で動くセキとハジメ、そして正面からじっと見据えてくる王に囲まれて、大神は返す言葉を選ぶために唇を引き結ぶ。
「 それは…… 」
開いた唇が再び閉ざされたのは、セキがガチャンとけたたましい音を立てたからだった。
「 っお兄ちゃん! やめて!」
「もうそんな臭いで我慢しなくてもいいんだって! いい抑制剤も用意してもらうからそれをきちんと服用して……」
「や、やーっ! 大神さんがくれた服はダメ! 大事に取っておいて巣にするんだからっ」
ハジメが引きはがしたジャケットと追ってセキが飛びつくように手を伸ばし……
二人はもつれるようにしてクッションの上へと倒れ込む。
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