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赫の千夜一夜 32
ひやりとする場面のはずなのに、セキが大神の服を掴んで離さないまま猫のようにシャーシャーと威嚇するからか、ハジメは毒気を抜かれたのかぽかんとしたまま手を引っ込めてしまう。
「ハジメ、無理強いするものではないよ」
「お前が言うな」
声をかけた王につっけんどんに返すと、ハジメはちらちら大神を見てからもう一度セキの方へと視線を戻す。
腹の下に服を丸め込むようにしてうずくまる姿は、宝物を必死に取られまいとする小さな子供だ。
「あか、あーか。もう取らないから顔を上げて」
「本当?」
「本当」
「本当に本当?」
視線だけちらりとやるセキに、ハジメはむっと唇を引き結んだ。
「本当だって! そのままの格好だと尻が丸見えになるぞ!」
「! わっわわ」
薄い衣は少し体を大きく動かせば、見えてはいけない部分まで丸見えになってしまう。
ましてや体を覆ってくれていた大神の服を被っていない今、ちょっとしたことで裸同然だった。
「お戯れもこの辺りにしていただけませんか」
長い衣を巻いたような衣装はセキでは直しきれず、慌ててあちこち引っ張るせいで毛糸に絡まった猫のようだ。
大神はセキとハジメの間に割り込むように入ると、ジャケットを引っ張り出して体にかけ直す。
「はは! ハジメ、この二人は君が思っているような関係ではないよ」
軽快で短い笑い声と、明らかに雰囲気の変わった朗々とした声で王が言うと、悔しそうにハジメはぎっとそちらを睨んだ。
「でもこいつはあかに追い込みをかけてたんだ! 大勢で追いかけまわして……裸足で逃げているのを殴って連れ戻して…………俺、それを…… 」
ハジメがくしゃりと顔を歪ませようとする前に、王の指輪に飾られた手が伸びて引き寄せる。
「それを、見てるしか、できなくて 」
大神はハジメの言葉がいつのことかを思い出して苦い思いで顔をしかめた。
暴力を振ったのが自身の本意ではないのだとしたとしても、部下を統率しきれなかったのは自分の失態だ。
殴られ、足の裏を怪我したあの時の姿を思い出して、大神はジャケットを握る手に力を込めた。
「ミスターセキを思ってのことなのだ、わかってくれるだろう? ミスター大神」
王はそう言うとひらりと指先を振るう。
そうすると、どこに控えていたのかセキと同じような衣装を身にまとった三人が現れて、「お直しいたします」と言って頭を垂れた。
一人はここへ案内してくれたクイスマだったが、後の2人は初めて見る顔だ。二人ともクイスマに負けず劣らずの磨き抜かれた輝くような美しい容貌をしていてるためにセキは飛び上がって大神にしがみつく。
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