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赫の千夜一夜 35

 はいともいいえとも返さないまま、大神は神妙な顔で話の続きを待つ。 「それがすべて抜けたと言うわけだ」 「深いトゲではなかったようで幸いです」  そう返すもやはりこの王が何をしたいのかがわからず、警戒を解くことはできない。  連絡の取れた直江によるとこちら側からは怪我人は出たものの拘束された者は出なかったと報告を受けていた。  その部分に関してはひとまず直江に預けてあるし、気に掛けることはないだろう……けれど、目の前にいる人物にはどう対処していいのかさっぱりだった。   「そう警戒するものでない。君達が取引を行ったのは向こうの国だろう?」  指先がテーブルにつつ……と線を引いていく。  見えない軌跡だったがそれが国境を表しているのははっきりとわかる。 「こちらではもちろん許されることではないが、向こうでは合法だ」  整えられて宝石の飾られた指先がコツコツと天板を叩き、線の向こうとこちらは違うのだと告げた。 「こちらで行っていれば死刑だ」 「……っ」 「それほど重いのだ、オメガの売買は」  Ωへの買春だけで死刑相当と告げられた身としては、自分達のしたことがΩ性の人間の日本での職業の斡旋だ……とそれらしい言い訳をしたところでどうにもならないだろうと覚悟を決めさせる。  必要以上に自分達のことを調べ尽くしてここまでしているこの王が、今更Ωの売買を行ったからといきなり首を切るとは思えず、大神は警戒するなと言われたのに警戒を解けないままだ。  もし、万が一ここで自分に何かあったのだとしても、セキのことだけは心配が要らないと言うことだけが唯一心の拠り所だった。 「君が買い取った奴隷達はどうなる」  今までと変わらない調子で尋ねてくるはずなのに、その音はびりっと激しく鼓膜を震わせる。  声と共にこちらに放たれたフェロモンは意識的か無意識かはわからなかったが、明らかにこちらに対して威嚇のような感情を滲ませていた。 「…………日本で労働に勤しんでもらいます」  至極簡潔に答えたが、これをしずるが聞いていたらマグロ漁船か建設工事か、それとも夜の仕事に就かせるのか……と大騒ぎしそうだと気が付く。 「こちらのオメガ研究に貢献していただく形で保護と謝礼を受け取ってもらい、その後に日本に慣れてから一般の企業に就職するように取り計らっています。自立が確認できるほど生活の目途がついたならば故郷へ帰ることも可能です」  告げた言葉は胡散臭いと大神自身が思う。  奴隷を買って最終的には自立を……と言う自分の言葉を、大神自身が疑わしく感じていた。

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