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赫の千夜一夜 37

「話が見えません」  中庭を受け取れと言われた意味が分からず、大神はもう一度中庭の方に目を遣った。  鉢に植えられている植物もあったが直に植えられているものが多い、それらのどれかを下賜しようと言う話なのかと再び王に向き直ると、指先がすっと動いて左から右まで動く。 「あちらはかつてオメガを保護していた宮でな、アルファとオメガのマッチング率が上がったために今はもう使われてはいない場所だ」 「……は?」 「手狭かもしれんがこちらとの行き来は自由にしてよい。改装も好きにするといい」  王は満足そうに笑っているが、大神にとっては何を言われているのかわからないと言う状況が深まっただけだ。  訳のわからない話をするのがこの国の伝統なのかと訝しみ、流暢に喋ってはいたが実は日本語がそこまでわかっていないのではないかと考え始めた頃、王が口を開く。 「ではミスターセキ、ミスター大神共にこちらへ帰化と言うことで手続きを進めよう」 「お待ちください」  もう一度「は?」と言う間抜けな声を出さなくて済んだが、いつの間にそんな話になっていたのかと体を乗り出す。 「なぜ……」  そう問いかけたが、ハジメがセキを引き取ると言っていたのを思い出して眉間に皺を寄せた。 「セキを呼ぶために私ごと取り込むと?」 「はは! いや、そのためだけとは言えないさ。君は非常に強いアルファだ」 「……」 「どこの国でもよいアルファは喉から手が出るほど欲しい人材だ」 「アルファだけが優れていると言うわけではありません」  大神の答えに王はにやりと意味深な笑いを漏らしたが、やはりいつものように返ってくる言葉は予想の外にあるものだった。 「君達が我が国に来ればドクター瀬能もやってくるだろう?」  まったく話に上らなかった名前を出されてぱちりと大神が目を瞬かせる。 「先生が、なぜここに関係が?」 「妻を診てもらいたかったのだが素気無く断られてしまってね」  「妻」と口の中で繰り返す。  βの男が妊娠などするはずもないのだから瀬能を呼ぶ必要はない、ハジメ以外にこの国に嫁いだ人物がいるのだろうかと、あの呑気そうな顔を思い出しながら考える。 「君達の研究の方が優先なのだそうだ」  少しすねたような口元をして、王はびしっと大神を指さす。 「ならば君達ごとこちらに来てもらえれば問題は解決するだろう? 幸い、ミスターセキはハジメの知り合いだそうだし、同郷同士にしかわからない思いと言うものもあるだろう」  王は盃を傾けながら酷く機嫌がよさそうで、何もわからない人間がこの場を見たならばただ和やかな酒の席のように見えただろう。

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