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赫の千夜一夜 39
「そこまで調べがついているのならば金主が誰かもご存じでしょう、手を出せば陛下と言えどもただでは済まないでしょう」
まるでやり返されると思っていなかったかのように王は口を閉ざし、その場がしんと静まり返る。
無言のやり取りが火花を散らせそうな雰囲気を見せたその時、ガヤガヤとした気配が部屋へと飛び込んできた。
「 ────だから! 大神さんの胸でばいんばいん跳ねてバブっておぎゃりたいの!」
絶叫と共に部屋に駆け込むと、スライディングするように大神の懐に飛び込んだセキは、仕事の際にいつも着ているスーツを着用して首元にはいつもの苦し気にすら見えるいかついネックガードが巻かれていた。
回り切らないのに大神の腰にしがみつき、厚さはあるが柔らかさの欠片もない胸にぐりぐりと顔を押し付けて喚き散らす。
「だから! だから! オレは大神さんと離れないのっ!」
「おまっ それはやくざの手練手管だろ⁉ その体に騙されてるんだよ!」
「大神さんのスリーサイズ含め各所サイズは把握済みだもん! 騙されてないもん! お兄ちゃんのわからずや!」
「サイズごまかすなんて朝飯前だろう⁉」
後を追いかけるようにして飛び込んできたハジメとのやり取りに困惑しているのは大神と王だけではないようで、最後に入ってきた三人も困惑の色を隠せない表情だ。
「セキ。御前だ、ふざけた態度をとるんじゃあない」
「ぅ……だって……お兄ちゃんが 」
まるで小さな子供のように言い訳をし始めるセキに溜息を洩らし、大神はさっと顔を上げた。
「失礼は承知しておりますが、セキが慣れぬ場所で疲れているようです。下がらせていただいてもよろしいでしょうか」
何か言いたそうに口を開きかけたハジメを制止して、王はクイスマに向かって視線を投げかける。
言葉すら必要なく、それだけですべてを察して動くのが当然なのだとばかりにクイスマは進み出て大神を促すように頭を下げた。
もう少し渋られるかと思いもしたが、あっさりと自分達を返す王に頭を下げてここにきた時のようにクイスマの先導で歩き出す。
「見えるか? ミスター大神」
王の声はこちらを見ろと言っているのではなく、目の前のものに注意を向けろと言っているようだった。
クイスマの彫刻のような背中は丸見えで、宝石に飾られたそこから滑らかに続く項に視線が流れる。
そこにはαにつけられた歯形がしっかりと並び、クイスマがΩだと言うことと番がいると言うことを物語っていた。
「そう言う手段もあると言うことを忘れるな」
「 っ!」
はっとした瞬間の大神の形相に一瞬で空気がひりつく。
背中を向けていたと言うのに何事かとクイスマが振り返ったほどだった。
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