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赫の千夜一夜 40

 とっさの行動だったのか大神の手が傍らのセキの肩を掴み、懐へと引き込む。  驚いたのか小さく上がった悲鳴にざわりと動いた空気は一瞬で引き絞られて切れそうな気配に変わり、姿を現さないように控えていた護衛達がさっと大神と王の間に割入る。 「ストゥーフの巻き方だ、美しい背中が良く見えるだろう?」  喉の奥で笑うような笑みを見せ、まるでそう受け取った大神が悪いとでも言いたげに盃を煽った。 「先ほどの巻き方が気に入らないようだったのでな、そう言う巻き方もあるのだと教えておいてやろう」  ぐっと喉に唾を押し込めながら、大神はじり と視線をクイスマにやってその喉元から爪先までを見る。  ストゥーフがΩの体を覆っている薄い布なのだろうことをゆっくりと確認してから、緊張を解かないままに「そうですか」と返す。 「確か、こちらの巻き方の方が着崩れにくいはずだ。また試してみるといい」 「…………いえ、機会はないでしょうから」  なんとかと言う様子で返した声は微かに掠れていた。  案内された先は王が受け取れと言った先にある部屋だった。  何事もないかのように入って行くクイスマの後に続いて行こうにも行けず、大神は回廊との境目でぎろりとその先を睨む。 「  こちらにオメガが囲われていたのは過去の話です。今では主のいないただの空き家ですから」  しっとりと濡れたような紫色の瞳が困ったように揺らめいて…… 「クイスマさんっ! 大神さんはダメですからね!」  慌てて二人の前に立ちふさがるセキに、けぶるような金色の睫毛に囲まれた目をぱちくりとさせてクイスマはゆっくりと微笑んだ。 「私はもう番がいますから」 「でもっでも……それと魅力的かどうかは別問題だから……」  明らかに早とちりだし、失礼すぎることを言い出すセキを大神は止めて「すまない」と謝罪を口にする。 「いえ……そんな風に人を思えるのはうらやましいことです」 「どうして? 王様がいるのに?」  悪気なく返すセキにクイスマはやはり困ったような表情を作り、シャラシャラと耳の飾りを揺らしながら肩を竦めた。 「私の番は王ではありませんよ。さぁ、お部屋までご案内します」  それはこれ以上踏み込んでくるなと言う態度で、彫刻のような様子から人に戻ったように見せる。  気を悪くした感じではないけれど、平常心でもいられないような雰囲気にセキはばつが悪くなったのかその背中に「すみません」と謝罪を漏らした。 「こうして王のそばに侍っているのですから、誤解されてもしかたありません。それから念のために言いますとあの二人も違いますよ」    優しく微笑んで返し、クイスマは一つの扉の前で立ち止まった。

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