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赫の千夜一夜 41

「ミスター大神はこちらの部屋をお使いください」  「隣の 」と言い出した言葉を遮り、セキは大神にしがみついてぶんぶんと首を振ってみせた。  それは言葉で言うよりも雄弁で、自分は大神と離れずにこの部屋を一緒に使うんだ! と言う雰囲気が見て取れる。 「ではミスターセキのお荷物もこちらへと運ばせていただきますね」  子供の駄々のようなセキの行動に眉一つ動かさず、クイスマは涼しい顔のまま急な変更をあっさりと受け入れた。  中に促されて、どんなきらびやかな部屋が待ち構えているのかと思いきや、目の前の部屋は見渡しても装飾は最低限のものしか置かれておらず、それも極々シンプルなものだ。  先ほどまでの、大理石に宝石に、金銀に絹にそれから惜しげもなく活けられたみずみずしい花々……それらをふんだんに使った空間から考えると、空き家と言われたのがしっくりくるほどの質素ぶりだった。  だが、だからと言ってそこにあるものが安物と言うわけではなく、ベッドシーツ一つにしてもシンプルに整えられているだけで、質自体は極上なものなのだと、触れただけでわかる。 「荷物は回収いたしまして、こちらに置いてありますので」  そう言うとクイスマは部屋の隅にあったカートを押して二人の前までやってくる。  それは隣国での商売時に襲撃されて無くしたものや、宿代を得るために手放した宝石のついた指輪などだった。  大神は荷物の中にあった銀色のシガーケースに手を伸ばし、「礼を言う」と短く返す。  何かに執着する様子を見せない大神にとってそれは非常に珍しい行動だったからか、セキはむっと唇を尖らせて大神にしなだれかかり、すんすんを鼻を鳴らして大神に頬を寄せる。 「ここに人はきませんか?」 「あちらの呼び鈴で呼んでいただければすぐに参ります」 「あっそうじゃなくて……邪魔されたくなくて」 「『海まで流されろ』ですね」  ふふ とわけのわからない言葉で小さく笑われて、セキは怪訝な顔でクイスマを睨みつけた。 「からかっているわけじゃありませんよ。日本語で言うなら……『馬に蹴られて死んじまえ』ですかね。ミスターセキの荷物を運びましたら翌朝の朝食の時間まで、こちらからお邪魔することはありませんのでごゆっくりおくつろぎください」    そう言ってからクイスマは部屋の簡単な説明をし、最後にセキに何事かを教えてから優雅な礼をして出て行った。  静まり返った場所は異国だからか、それとも立て続けに起こったことがあり得ないようなことばかりだったから、落ち着いた今も夢の中のような心地にさせる。

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