177 / 425

赫の千夜一夜 42

 慣れない部屋に立ち尽くしたまま、二人は一言も言葉を交わさないままだった。クイスマがいた時は大神にべったりだったセキでさえ、距離を取ってじっとしている。 「…………もういいぞ」 「ぷはっ」  息を詰めていたのかセキは空気が欲しかったのだとばかりに、大きな深呼吸を繰り返す。  それを横目で見ながら大神はささっと部屋の各所を確認して…… 「カメラなどはないようだな」  そう言いながらも柱などを入念に調べている。 「オレの態度、あんなでよかったです?」  さっきまではそうではなかったのに、セキは耳を赤くしてもじもじとその場で肩を揺すり、大神の評価を待って落ち着かない様子をみせた。 「ああ、おかげで早く切り上げることができた」 「なんか変な空気で話してて、オレ、びっくりしたんですよ?」 「……そうか」  場の空気を読んでいないとばかりのセキの行動はすべて演技だと承知してはいたが、大神はどうしてそれに自分の胸の話を出されないといけなかったのかは腑に落ちてはいない。  もっと他の話題でもよかったはずだ。 「ちょ ちょ ……そんな睨まないでくださいよ! だって瀬能先生が、空気を壊すには小さい子供がゲラゲラ笑うような馬鹿馬鹿しい話をするのが一番! って言ってたんですもん」 「だからと言って……」  と、小言を言おうとしたが、セキのあの機転がなければあの場はもっと泥沼のようになっていただろうことを思うと、大神は口を閉じるしかない。  大神は金主……スポンサーへ連絡を取る羽目になっていたかもしれない と、そうなった時のことを思って唇を引き結んだ。 「いや、よくやった」  セキが場違いな態度を取ったからこそ王との面会は中止になったし、二人で同じ部屋を使えるようになった。そして気をきかせてくれとばかりの態度をとって…… 「んふふー! 頑張りました! あの服、意外と着崩れなくて焦っちゃいましたよ」  にこっと笑ってダブルピースを見せる様子は普段通りのセキだ。 「そうか」  大神は『荷物』と言われた中に携帯電話を見つけて電源を入れた。  銃撃から逃走の際に懐から落ち、画面を割りながら海へと沈んでいったはずのそれだったが、今手の中にあるのは見馴染んだ傷が微かにあるだけだ。  海水に濡れて重いからと脱ぎ捨てたジャケットも、まるで海になんて入らなかったかのように汚れ一つもなければくたびれた様子もないまま、美しく吊るされている。 「……」  馴染んだものが返ってきて良しと思えばいいのか、それとも気持ち悪いと思えばいいのか……  大神は後者の気持ちを多く抱きながら携帯電話を探った。

ともだちにシェアしよう!