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赫の千夜一夜 43
この国にセキを迎えたいと言っている相手が、素直に外部と連絡の取れる手段を渡してきたことに警戒し、中身に変化はないかもしくは細工がされていないかを確認する。
「あ! チューリップだ!」
控えめな声掛けとノック音にセキが扉に駆け寄ると、隣の部屋からセキの荷物をこちらへと運んできたようだった。
一番に見つけた赤いチューリップを見て飛び上がると、それを鼻先につけてくすくすと笑ってから大神を振り返る。
「嬉しい! 大神さんからもらった花だから、宿に置いてきちゃったのがすごく残念だったんです」
にこにこと、花一本の何がそんなに嬉しいのか理解できないまま大神は携帯電話をカートへと戻す。
「連絡しないんですか? きっと直江さん、半狂乱になって探していると思いますよ?」
「構わん」
ばっさりと切り捨てて……やはりどこか違和感を感じる携帯電話に皺一つなく吊るされていたジャケットをかける。
「少し休むぞ」
ここから出たくとも王の許可なしにそれも難しいだろう、自分にできることは王を説得させれるだけのアイデアを出すことなのだから、それ以外はすべて邪魔だとばかりに寝台の方へと向かう。
さすがに今日、起きたことを考えると疲労感を感じないわけではない。
少し休めばいい案でも出るだろう と大神は深い溜息を吐く。
「じゃあ隣に行ってもいいですか?」
返事も聞かないうちにセキはふんふんと鼻歌を歌いながら機嫌よくスーツを脱ぎ捨て、大神が消えた天蓋付きのベッドの方へと飛び込んでいく。
薄い紗に囲まれたその中は外と隔絶されたように見えて、世界に二人だけのぽつんとした雰囲気になる。
ネクタイを緩めて横になろうとする大神の傍にシャツ一枚で滑り込むと、もぞもぞと体勢を整えてころりと大神の腕の中に落ち着く。
当然のように腕に頭を落ち着ける姿に大神は何か言おうとしたようだったが、小さく溜息を吐いて目を閉じてしまった。
「大神さん、寝ちゃいます?」
「ああ」
「起きたら頑張ったご褒美貰ってもいいですか?」
「褒美?」
瞼の裏を見つめながら、ニマニマと笑っているであろうセキの顔を思い描いて眉間に皺を寄せる。
けれど、だが……と思い直して腕の中に収まる小さな頭を緩く撫ぜた。
この国でどれだけΩが優遇されているかはわかってはいたが、王の前で礼を失する態度をとって看過されるかどうかは半ば賭けだ。
それはセキ自身も承知の上でのあの態度だったが、随分無茶なことをさせたことに対して罪悪感の混じった自分の無力さを実感してしまい、大神は緩く目を開けた。
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