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赫の千夜一夜 44

 そうすると瞼の裏で思い描いていた通りのセキの顔が間近に迫っていた。  自分とは違い、らんらんと光る両目は元気いっぱいで……   「……起きたらな」  そう言ってあやすように髪をかき混ぜると、くすぐったいのか撫ぜていた頭が小さく揺れてから落ち着く。  少しもたれかかるように大神の胸の上に頭をのせて、セキはにっこりと微笑んで「おやすみなさい」と少し背伸びをしたような声音で告げた。  浅い眠りの中で、それでも大神は思考を続ける。  何が最善なのか、  何が悪手なのか、  わずかでも足元をすくわれないような行動をとるにはどうしたらいいのか。  いつどこに現れるかわからないブギーマンと言う名にふさわしい仙内。  大量の入れ替えられた子供達。  研究価値のあるΩを連れて行こうとする一団。  そして見え隠れするモスナートの教。  条件を飲まない限り情報を渡さないと言う滝堂組。  売られていくΩと、研究に使用されたΩ。  そして自分達の進もうとしている先が本当にこれで正しいのかどうか。  ただいたずらに敵を増やしているだけではないのか?  そんなことを繰り返し脳裏に問いかけながらの大神の睡眠はまともなものとは言い難く、直江曰、鬼も逃げ出しそうな形相でとる仮眠だ とのことだった。  セキが添い寝をするようになってからそう言うことも和らいでは来ていたが、それでもこう言った時には自然と考えてしまう。  ちゅ  耳を打った水音に大神の思考が霧散する。  あれほど並べ立てていた問題が砂になり、足元に崩れ去ったのを感じながら重い瞼を動かす。  ぷちゅ  ちゅ  聞こえてくるのはねばつくものをこね回した時に出るようなねばついた水音で…… 「   っ」  さっと息を吸い込んだ瞬間、肺を焼きそうになった濃厚なフェロモンに思わず飛び上がった。  今ならば直江のようにフェロモンが目で、見えるようになるのではと思えるほどの濃密な香りに、目覚めた思考が殴り倒されて酩酊しそうになるのを感じて慌てて首を振り、口を押える。 「コレは……っセキっ!」  いつもなら強く名前を呼べば、悪さを見つけられた動物のように肩を跳ねさせるはずなのに、今のセキはまったく聞いてはいなかった。   「 ぁ゛、おき、おきた んれすねぇ……じゃあ、こっちも、おっきしてましゅ  よねぇ」  完全に呂律の回らない口でぶつぶつと呟きながら、自身の先走りでどろどろにした手を大神の股間へと伸ばし、止める間もなくぱくりとそこにかぶりつく。 「おい!」  思わず咳き込んでしまいそうなほどフェロモンが満たされてはいたが、満ちているのはそれだけではない。

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