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赫の千夜一夜 48
レストランで食事した際に、いちいち給仕の細かな顔の造りまで覚えないのと同じだった。
「そりゃあ王付きのオメガなんだ、粗末と言うことはないだろう」
「ぅ……」
大神は心の底からセキの訴えていることがわからず、顔をしかめて腕の中を見下ろす。
自分自身に縋る、寄る辺ない様子の小さな存在が何を考えてどう行動するのか、幾度も体を重ねたと言うのにさっぱりわからない。
「あっちの方が、いいですか?」
ツンと言って胸に頬をつけてしまう。
「……なんの話だ」
「クイスマさん、みなわさんと雰囲気似てますよね」
むぅっと膨らんだ頬を見せてセキはそう言い、自分の言葉に自分で傷ついたのか泣き出す寸前で鼻を啜っている。
「何の話をしているんだ」
さっきからわけのわからないことを言っていると思ったら……と、大神は眉間の皺を解せないままに天蓋を仰いだ。
ベッドの真上なんて言う、そんなところに絵を描く必要なんかないだろうとぼやきそうになりながら、腕の中のセキを探って頬のふくらみを潰す。
ぷしゅ と音がして、追いかけるように抗議の声が上がる。
「ちょっと薄幸な感じの細身の人っ! 気にならないんですか⁉」
「あ?」
「直江さんが持ってくるAVもそんな感じの人が出てくるのが多くて……っオレっ……」
泣き出したセキに促されるようにして視線を戻す。
一時よりは肉がついたとは言えΩらしい体格のセキは華奢で、表情も明るくはなったが以前は環境のせいか……
「はぁ、馬鹿らしい」
「馬鹿らしいってなんですかー!」
「心配するだけ無駄なことを考えるな」
ジタバタと暴れ出したセキを胸の上に置いたまま大神はごろりと横になる。
「じゃ、じゃあ! 無駄なこと考えないようにしてくださいよ! もっとオレに対してラブーな感じを出してください!」
「は?」
「ハニーとかって呼んで欲しいです」
また何か言いだした……と大神は額を押さえてそっぽを向く。
「そしたら、オレも不安になったりしないですから! 馬鹿なことも言いませんし!」
力いっぱい言うセキをあっさりと論破することは簡単だったが、大神は溜息を一つ吐いて視線を戻す。
言動自体は先ほどまで色っぽいことをしていた欠片もないようなものだったが、必死に縋りついているセキの体にはまだ抜け出せない発情の名残が残って鮮やかに色づいている。
真っ黒で艶のある髪が汗でしっとりと濡れて肌に貼りついている様子がやけに煽情的で、大神は発情期のベッドの中でさんざん堪能したはずの体を眺めて、じりじりとした熱を感じて更に溜息を重ねていく。
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