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赫の千夜一夜 49

 室内の灯りを受けて瞳に青い光を弾かせるセキは、もじ と涙を浮かべて見つめてくる。  自分にすべてをさらけ出して恥じらう姿が、小さな宝石のようだと柄にもないことを思い浮かべて、大神は観念して口を開いた。 「     My peanutcream!」  ダメ押しとばかりに大神はセキの小さな頭を掴むとその額に軽く唇を落とす。  「はぇ⁉」と声を出したセキは思ってもみなかった大神の行動に涙を引っ込め、ぽかんと目も口も開いてあわあわと飛び上がる。 「これでおとなしくなるんだろうな」 「ちょ  や、な、なんでピーナッツクリームなんですか! そこはハニーかダーリンじゃないんですか⁉」 「好きな食い物で呼ぶんだろう? じゃあピーナッツクリームで十分だ」 「ええ⁉」  大神は自分自身が似合わない行動をしたのだと自覚があるせいか、セキを放り出すとごろりと体ごと向こうを向いてしまった。  大きく揺るがないようにいつも感じていた背中が少し丸められているせいか、普段よりも近寄りやすい感じがしてセキはそっともたれかかる。   「なんか色気なぁい……ふ ふふ」  突然笑い出したセキに大神が怪訝な顔をすると、セキは乗り越えるようにして大神の頬に唇を寄せて「ありがとうございます」と嬉しそうに笑顔を作った。 「大好物なんですから、最後はちゃんとお腹の中に収めてくださいね」  ぐいぐいと乗りかかってくるセキに手を伸ばしながら、大神は「腹が減ったらな」とそっけなく返した。  汗ばんだこめかみを拭ってやるとわずかに身じろいだがそれだけだった。  さすがに疲れたのだろうと、大神はそっと寝台から抜け出して水差しの方へと向かったが、そう言えば香炉を投げ込んだのだったと美しい芸術品のような水差しを見下ろす。  用があるならば鳴らせと言われていた呼び鈴を前に逡巡するも、ゆっくりと持ち上げて振ってみる。  呼び鈴自体は小さなもので、花の模様が彫られたなんの変哲もない金属製のものだった。  別に大きな音がするわけではないそれは、振ると想像よりも小さな音がした。 「……」  振った大神自身が戸惑うほどの音だ。  この広い部屋では外にまで聞こえるかどうかすら不安になるようなか細い音だったと言うのに、ほんの一拍の間を置いてはっきりとしたノックが返された。 「  ────御用でしょうか?」  涼やかな声は走ってきた様子はなかったし、部屋の外に常に人が控えていたような気配もなかったはずだ。  大神はそれに感心するよりも前に気味が悪いと言う感想を持ちながら、入り口で言葉を待つ侍従らしき人物に「水が欲しい」と告げた。

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