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赫の千夜一夜 50
「御用意いたします間に、もしよろしければ酒の席を設けさせていただきたいと存じます」
深く頭を下げてこちらの意見を窺う形をとってはいたが、そのことに関してこちらに選択権はないのだろう。
大神は溜息を飲み込みながら承知した旨を返すしかなかった。
新たに用意されたスーツに身を包み、侍従の先導に黙ってついていく。
昼間に見た白亜の宮殿は夜の闇に沈んでもなお仄かに白く輝いているようで、侍従の持つ小さな蝋燭の明かりだけでも不自由なく辺りを見回すことができた。
「……?」
最初にそれが香った瞬間、大神は気のせいかと流そうとしたが、一歩進むごとに強くなるその独特な香りに一瞬顔をしかめる。
いつまで経っても馴染まない独特な異国の香りは瀬能から手渡される煙草から臭うものと同じだ。
「この香りは?」
「lotuso……そちらでは蓮と呼ばれます。ただいま王が……」
侍従は言葉を切り、どう訳していいのかためらっている様子だ。
「manĝu la odoron……香りを食べる儀式をしていらっしゃいます」
表現に困った様子の侍従に、困らせることが目的ではない大神は素直に頷いて返す。
香りを……と胸中で呟きつつ散々に堪能したセキのフェロモンをふと思い出して首を振った。
それよりは儀式と言うのだから仏教にある香食の方がイメージとしては近いのかもしれない と、思う。
「どうぞこちらへ」
案内はここまでのようで、侍従はその先を揃えた指先で示してから深く頭を下げる。
大神はゆっくりと足を進めながら……昼間のような問答が続くのかとうんざりとした気分で垂れ下がった紗のカーテンを指先で払う。
さっと強く香ったのはいつも吸っている煙草の臭いを強くしたものだった。
深く肺に吸い込めば目が回りそうになる。
「 ────ああ、来たのか」
そう言うと王は口に咥えていたシーシャのホースをくるくると指先で弄んだ。
噎せ返りそうになるほど濃密な臭いに、普段は煙草として飲んでいる大神ですら自然と顔をしかめてしまう。
「これは、原種を使っている」
はは と笑いを零すとわずかに煙が零れて空中に漂った。
「酷い臭いだが、君が普段吸っているものよりも強力だ」
「そうですか」
「アルファ故の儀式とは言え、面倒なものだ」
そう言うと王はホースを手放してから向かいに座るように大神を促す。
間にローテーブルが置かれているとは言え差し向かいの場所を示されて、大神は緩く首を振った。
「ご厚意に甘えるわけには」
「日本では酒は立って飲むのか?」
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