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赫の千夜一夜 51

 再びはは と笑った王はからかう気が満々と言いたげな朗らかな笑顔で、大神は渋々示された席へと腰を落ち着けて王を見る。 「これは皆の平穏のために吸わねばならないのだ。強くなりすぎたアルファの性はそれ以外の者にとって有害だ」 「……ええ、そのようですね」    昼間に感じた王からのプレッシャーを思い出して、大神は静かに頷いてみせた。  α遺伝子の優性が強い水谷でさえあれほどの圧迫感を感じたことはなかったけれど、それすらもこの臭いでごまかされてのことだったのだとするとこの儀式とやらは必須だろう。 「さぁ、飲むといい」  手ずから注ぐ液体は琥珀を薄くしたような金色の液体だった。  それが真っ赤なガラスの器に満たされていくのを見て、大神はやはり断る選択肢はないのだろうと毒づきながらそれを受け取る。  さらりとしている様子だったが、深い赤のガラスに閉じ込められるととろりと蕩けて満月のようにも見える酒を見つめる。 「まさかその風体で飲めんと言うわけではなかろう?」 「御存じでしょうに」  普段使いのものから体の各サイズ、そして煙草の内容まで調べ上げていると言うのに、酒が飲めるか飲めないかなんて些事を知らないはずがない。 「礼儀など気にするな、ここは私の自室であり、極々私的な空間だ」 「……いただきます」  その私的な空間ですら警備がいるのだから身分があるばかりがいいことではない と、ぼやきを飲み込むようにして酒に口をつける。  唇に乗った瞬間に感じる糖度に面食らうも、なんとか口に流し込んで一口飲み下す。  味で言うならば果物を思わせるような華やかなもので、香りもそれに準ずるものだった。けれどその華美な様子とは程遠いアルコールの強さは、喉を焼きながら流れ落ちていくのを感じるほどだ。 「ハジメが今は飲めんのでな」  一口分しか減っていないと言うのに、王はまた酒瓶を傾けてグラスに酒を足す。   「どうして、このような席を?」 「友好の証だよ」 「……」  いろんな方面に顔が利くと言ってもそれは国内のことで、海外の……ましてや一国の王に友人関係ができていいはずがない。  目の前の男の真意を読み解こうとして大神はじっと赤い瞳を見つめてはみるが、大した収穫を得ることはできなかった。  上手く読み取れない為政者としての表情が少なりとも崩れてくれたら、また何かとっかかりになりそうなものが得られるかもしれなかったが、王はあくまでも自分の優位を貫きたいのか隙らしい隙を見せてはいなかった。 「もったいないことです」

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