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赫の千夜一夜 52

 うんざりとした表情を表に出さないように気を付けながら、大神は二口目を口に含む。 「そう言えば、ミスター大神はこの国をどう思う?」 「……」  以前のように軽率に良い国だとでも答えたら、そこから一気にこの国の人間にされてしまいそうで、大神は唇を湿らせる痺れるほどアルコール度数の高い酒を舌で舐めとった。 「栄えています。砂漠と言うと不毛の地のイメージが付きまといますが、ここは食料も水も豊富であり、石油の産出もあったはずです。め   」  「恵まれています」と言う言葉を続けようとしたが、それは不用意なセリフだと気づく。 「ルチャザ国の近隣諸国に詳しいと言うわけではありませんが、同じ気候土地柄であるはずなのにこの国だけは断トツで……豊かだ」 「そのグラスはどう見る? この国の王族のみが使用できるRuĝa Lunoと言われる特別なガラスで作られている」  そう言われて、大神は手の中で砕けそうなほど可憐な細工の施された赤いグラスを持ち上げ、月の光を透過させるように掲げる。  揺れる酒はとろりと華やかで、それを包むガラスは神秘的な深い赤色をしている。 「……まるで、この国のようです」  少しは華やかなものの言い方を覚えるべきだったかと、内心舌打ちしながら告げてはみたが、面白そうに見ている王は返事をしない。    それは、答えじゃないと言われたも同義だ。 「…………レアメタル、ですか」  賞賛が聞きたいわけでも賛辞が欲しいわけでもないのだろう。  有り余るほどその身に受け続けていたそれらはもう、王の耳には風よりも儚いもので、求められているのはもっと他にあるのだと、大神ははっと口に出した。  指先でゆらりと揺らすガラスの色は赤だ。  しかしただの赤ではない。  鮮やかながらそれでいて深みがあり……そうだ、と大神はグラスを見つめる。  こんな美しく独特な赤色を大神は他に見たことがなかった。  ガラスの発色には金や銀、それ以外のいろいろな鉱物が使われるのだと、以前に聞いたことがあった。 「そう、素晴らしいだろう?」  王は愉快そうに言い、砂漠の方へと視線を向ける。 「…………例えそうだとしても……」 「ここがつかたる市と縁深い土地と言うのは知っているか?」 「……いいえ」  またこの話し方に付き合わなくてはならないのかと思い、大神はうんざりとした思いを飲み込む。 「あれを」  王の指先が窓を指さすがその先にあるのは白い直線でできた城壁だ。  衛兵が見回っているのが見えたがそれだけで、それ以上に動くものもなければ目を引くものもない。

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