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赫の千夜一夜 54
「不思議なお話ですね」
適当な感想を返すと王は面白そうに笑った。
「君の会社の業績を調べさせてもらった」
「そうですか」
「ずいぶんな右肩上がりだ」
「……」
「秘訣は?」
寝食を惜しんで働くことだと言ったところでこの男は納得することはないのだろう。
「おっしゃりたいことがわかりません」
「あのオメガに、君は何を願った」
問いかけではない問いかけは居心地が悪かったが、それ以上に真っ直ぐにこちらを見据える王の赤い視線に苛立ちを感じる。
例えとしてΩの祝福があるのだとしても、大神自身にはそんなものに頼ろうなどと言う気持ちは一切なかった。すべては自分の力で掴み取っていかなくては話にならない、それは今までの人生の中で痛感してきた事柄だった。
「何も」
「何も?」
「私がオメガに何かを強いることはありません」
「それが、幸福になるためだとしても?」
大神はふと、セキが言った手放さないでいるだけで幸せになれると言った言葉を思い出す。
あの時、セキは誰がとは言わなかった。
「オメガは幸せになるための道具ではありません、傍に居るだけで幸せにしてくれる そんな存在です」
「…………では」
王の口の端が不敵に吊り上がったのを大神は見逃さなかった。
薄い紗の幕の向こうにわずかな明かりが見えるそこで目を覚ました時、セキは自分がどこにいるのかわからなかったが、少なくとも傍に大神の匂いのするものがあったことに安心してまた再びベッドへと倒れ込む。
スンスンと鼻を鳴らすようにして吸い込めば、大神の残り香が鼻孔をくすぐるようにして肺の中に落ちていく。
それが堪らなく幸せで……
「はれ? 大神さん?」
絡み合って、睦み合って……発情期が終わったばかりだと言うのにそれでも求め合って……なのに目覚めたら本体がいない。
「薬 は、もう抜けてるから、シャワーかな?」
自分の素っ裸を見下ろして、熱の燻ってなさに少し残念に思う。
クイスマに教えられたとおりに香を焚いて、てっきり効果は大神が持っているもう一つの煙草と同じようなものだとばかり思っていたのに、あのΩの理性をぐずぐずにするような濃厚な香りにすっかり夢中になってしまっていた。
結果、大神がベッドを出ても気づかないくらい深く眠ってしまっていて……
「んも! 背中流すって言ってるのに!」
セキとしてはほんのわずかの間も大神から離れていたくはなくて、背中を流すと言う大義名分でもって一緒に風呂に入ってあわよくば……を狙いたかったわけだ。
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