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赫の千夜一夜 55

 大神と触れていないと不安だ。  大神と触れていないと悲しい。  大神がどこにいるのかわからないと震えそうになってくる。 「大神さんはきっと麻薬成分でできてるんだよ」  だからあんなに体液が甘いんだ と一人呟きながら浴室の方に行くも人の気配がない。  手洗いの方へ駆け出して行ってもやはりそこは静まり返っていて、大神は不在のようだ。  間接照明はあるとは言え、薄暗く広い部屋の中で独り。 「大神さん! 大神さん……?」  もちろん今まで大神がいないことは幾度もあった。むしろ仕事だからと研究所にセキを置いていくことの方が多かったくらいだ、けれどもここは異国で……何もわからない場所だ。 「大神さんっ!」  叫びながら部屋を飛び出すと、月に照らされた美しい中庭が絵画のように広がってはいたが、同時に静まり返った沈黙の世界も同様に広がっていて、異国と言うよりも異世界に迷い込んだ気分になってセキはさっと左右を見渡す。  大神のわずかな香りでも辿れないかと鼻を鳴らしてみるも、花の香りが強すぎて何もわからない。 「……お、がみ さ  」  ぺたぺた と足音をさせながら、どちらに行けばいいのかわからないままに歩き出す。  どこに何があるかなんてわからないし、予想もできないような場所だ。  迷路に迷い込んだ気になりながら……ぺたりと歩き続ける。  宮殿内はどこもかしこもピカピカに磨き上げられていて、維持が大変そうだと思わせるのに人の気配の欠片もない。 「人……いないのかな……誰かに聞けたら……あっ」    セキはとっさにとび出してはきたものの、シーツを被っただけの自分の格好に気づいてはっと飛び上がった。  人に出会えたらと思っていたのに、この状態で人に会うのはまずいと気づいてさっと後ろを振り返る。  今ならまだ誰にも見られていないのだから、そのまま部屋に戻って服を着れば…… 「ミスターセキ」  思わず「ぴゃっ」と言う言葉が漏れて、間抜けに宮殿の中に響きわたる。 「ク、クイスマさん!」 「迷っておられるようだと報せを受けまして。どうされましたか?」  こちらのことを気にかける眼差しをしてクイスマが近づいてくる。  時間が時間だからか昼間のような華美な飾りは取り払ってはいたが、それでもそのシンプルな装いはクイスマの本来の美貌を引き立たせているようで……  セキは思わず膨れそうになった頬を押さえて大神を探していたことを告げた。 「ああ、ミスター大神は陛下と御歓談中です」 「かんだん……」  そんなわけないだろ と思いつつもそんなことを口には出せなくて、代わりにそこに案内してくれと頼む。

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